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    <title>システム論アーカイブ書籍編</title>
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    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>
    
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    <title>なぜ江戸時代は平和だったのか</title>
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    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2005:/ja/b//3.303</id>

    <published>2005-05-07T19:55:04Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:30Z</updated>

    <summary>1638年に島原の乱が鎮圧されてから幕末まで、200年以上もの間、江戸時代の日本は、戦争も大きな内乱もない平和な国で、人口もほぼ2600万人のまま変化がない安定した社会だった。これは、当時の世界の他の...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="007_entropy" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>1638年に島原の乱が鎮圧されてから幕末まで、200年以上もの間、江戸時代の日本は、戦争も大きな内乱もない平和な国で、人口もほぼ2600万人のまま変化がない安定した社会だった。これは、当時の世界の他の国と比べると驚異的なことで、海外では「パクス・トクガワ」などと呼ばれている。この平和と安定の秘密は何なのか。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 徳川綱吉とルイ14世</h2>
<p>実は、江戸幕府は、幕府開設から百年にして、経済的な危機に瀕していた。ちょうど近代小氷期の最盛期（マウンダー極小期）で、江戸幕府の日本のみならず、世界の国々がインフレに苦しんでいた頃である。前資本主義社会にとっては、資源不足が最も大きな危機であることは、これまで述べたとおりである。例えば、フランスのブルボン朝は、この時の危機を乗り越えられずに、フランス革命で滅亡する。日本の江戸幕府は、この難局をどう乗り切ったのか。</p>
<p>江戸幕府の徳川綱吉（1646～1709）とブルボン朝のルイ14世（1638～1715）は、ほぼ同時代の人物である。ルイ14世が即位したのは1643年で、綱吉が将軍職に就いた1680年よりかなり早いが、ルイ14世も親政を始めたのは、1661年からである。この2人に共通していることは、規律を失った財政支出の拡大により先代で築き上げられた政権の経済的基盤を危うくしたことである。</p>
<p>ルイ14世がいかに奢侈であったかは、いまさら説明するまでもない。ベルサイユ宮殿の建設（1682年完成）と連日連夜の社交会、スペイン継承戦争（1701～1713年）に代表される一連の戦争事業などにより、ブルボン朝は、ルイ14世が死去した頃には、歳入1・45億リーブルに対して、国債残高30億リーブルという巨額の債務を抱え込むことになる。</p>
<p>他方、綱吉も、広大な神社造営、臣下へのばらまき、様々な催し物など、戦争こそしなかったものの、金に糸目をつけぬ消費活動により、幕府の財政を大幅な赤字にした。綱吉と言えば、生類憐れみの令で有名だが、綱吉は特に犬を大切にし、飼い犬をけがさせた者を罰したため、飼い犬を捨てる者が続出した。そこで幕府は、各地に犬小屋をつくって十万頭を養うはめになる。犬小屋の工事費用だけで20万両を使い、さらに「お犬様」の養育費として1匹あたり奉公人の給料に匹敵する額を支出した。こうしたばかばかしい浪費のおかげで、1708年（綱吉が死去する前年）には、幕府の歳出が、歳入60～70万両に対して、倍以上の140万両となり、財政は破綻寸前となった。</p>
<p>いずれの場合でも、巨額の財政支出がハイパーインフレをもたらした。江戸幕府もブルボン朝も、破産寸前になり、それが遠因となってブルボン朝は1789年に滅亡したのに、江戸幕府は1868年まで存続した。何が両者の明暗を分けたのか。なぜ、日本では、フランスのような市民革命が起きなかったのか。フランスほどブルジョア階級が成長していなかったからなのか。あるいは、日本人はお上意識が強くて、権力に従順だったからなのか。また、なぜ日本はフランスのように戦争をする必要がなかったのか。</p>
<p>日本はフランスほどブルジョア階級が成長していなかったからという説明は、江戸時代の日本が農村社会だったという偏見に基づいている。当時の日本は、大坂・江戸を中心に、フランスと比べても遜色のない商業経済が発達しており、革命の担い手としてのブルジョア階級が不在であったわけではない。</p>
<p>日本人はお上意識が強くて、権力に従順だったから、自らの手で革命を起こすことはしなかったという民族気質に基づく説明はいかがなものだろうか。今でもフランスでは、国家官僚は日本の官僚以上に権力を持っており、ENAへの信仰は、日本人が抱く東大法学部への信仰以上である。そもそも江戸時代の被支配者階級は決して権力に従順ではなかった。幕府の経済運営がうまくいかなくなると、打ちこわしや一揆が各地で頻発した。もしも幕府の経済政策がきわめて不適切なものであり続けるならば、そうした民衆の反抗が大きくなって、革命となったかもしれない。</p>
<p>鎖国をしていたので、海外との戦争に巻き込まれるリスクは低かったとはいえ、デフレスパイラルがひどくなると、内乱という形で戦争が起きた可能性は否定できない。この点に注意して、以下、財政危機に対するブルボン朝と江戸幕府の対応の違いを見ていくことにしよう。</p>
<h2>2. ブルボン朝の破滅</h2>
<p>1715年にルイ14世が死去した後、ルイ15世が5歳でフランス国王に即位した。財政再建の任にあたったのは、摂政オルレアン公フィリップ2世であった。彼は、知り合いのスコットランド出身のギャンブラー、ジョン・ローが提案した、それこそギャンブル的な案に乗った。ジョン・ローは、1716年に600万リーブルの資本金で銀行を設立することを許可され、金と兌換できる銀行券を発行し、それで集めた金で、価格が下落していたフランス国債を買い始めた。</p>
<p>国債残高は膨大であるから、国債をもっと回収するためには、さらに新たな資本を作って、銀行券を追加発行しなければいけない。そこで彼は、ミシシッピー会社を立ち上げ、金鉱開発など、当時フランスの植民地であったルイジアナ（ミシシッピー川流域）で有望な事業を行うと発表し、会社の株価を吊り上げた。1718年には、彼の銀行は国立銀行（バンク・ロワヤール）となり、1719年には、ミシシッピーの特許事業を拡張し、1720年の1月には、彼の会社の株価は当初の36倍にまで跳ね上がった。国債残高は半減し、金利は低下し、インフレは沈静化した。しかしその代わり資産価格の異常な高騰、すなわちバブルが発生した。</p>
<p>バブルは、いつかははじける。ミシシッピーでの金鉱開発事業がでたらめであることが暴露され、株価は暴落した。人々は銀行券を金に変えようとバンク・ロワヤールに殺到したため、バンク・ロワヤールは支払い不能に陥ってしまった。1720年の12月には、ジョン・ローはブリュッセルに亡命し、フランス経済は深刻な恐慌に陥ってしまった。このデフレから脱却するためにブルボン朝がとった手段は公共事業としての戦争だった。ポーランド王位継承戦争（1733～35）、オーストリア王位継承戦争（1740～48）、7年戦争（1756～63）といった積極財政は、確かにリフレ効果はあったものの、財政逼迫というもとの問題を再燃させ、ブルボン朝は1789年の破局に向かっていく。</p>
<h2>3. 江戸幕府の知恵</h2>
<p>では、江戸幕府は、綱吉の死後、どのようにインフレと財政再建の問題に立ち向かったのか。1709年に綱吉が死去したあと、家宣（1709～1712）、家継（1713～1716）の2代にわたって、実際に政治を担当したのは新井白石だった。新井白石は、倹約によって支出を切り詰め、元禄・宝永の改鋳で落ちた金銀含有率を、幕府創設当初の慶長小判の水準に戻した。これを正徳・享保の改鋳という。元禄・宝永の改鋳では、金銀貨の流通総量が年平均で約5％増加したが、正徳・享保の改鋳では、逆に約2％減少した。要するに、緊縮財政と金融引き締めにより、インフレを抑制したわけである。</p>
<p>1716年に家継が死去すると、吉宗がいわゆる享保の改革を始める。享保の改革の前半は、新井白石のディスインフレ政策の継続だった。しかし、やがて物価、特に幕府の重要な財源であった米の価格が下落し始め、デフレの弊害が出てきたので、1736年には、改鋳、すなわち量的金融緩和によるリフレ政策が採られることになった。この元文の改鋳で貨幣供給量が増加し、物価も上昇に転じた。例えば大坂の米価は、改鋳後5年間で2倍にまで騰貴した。こうした米価の上昇や年貢の増収などにより、江戸幕府の財政は好転し、1758年には、財政は最高の黒字額を記録した。</p>
<p>ブルボン朝が、積極財政（戦争）によってデフレから脱却しようとして、財政規律を失い破滅したのに対して、江戸幕府は、金融緩和により、戦争をすることなく、そして財政再建をも同時に行いながら、デフレからの脱却に成功した。その後江戸幕府は、インフレ局面においては、倹約や増税などのディスインフレ政策を採り、デフレ局面においては、貨幣の改鋳によるリフレ政策を採ることを繰り返して、マネーサプライを適切にコントロールし、幕末にインフレの抑制に失敗して破滅したものの、200年以上にわたって、平和で安定した社会を実現した江戸幕府の功績は評価しなければならない。</p>
<p>では、最初に量的金融緩和によってデフレから脱却することを実行したのは誰なのか。それは、幕府の勘定吟味役、荻原重秀であった。彼が行った元禄・宝永の改鋳は、優れたリフレ効果を発揮し、元禄文化と呼ばれている町人文化の興隆をもたらした。重秀が貨幣の改鋳を行ったのは、金銀比率を下げることで得られる出目（改鋳差益）が目当てだったのか、それともそれは周囲を説得させるための口実で、本当はマネーサプライを適正化するためからだったからなのかはわからない。いずれにせよ、重秀は、「幕府が信用を与えさえすれば、貨幣は瓦でも石でも良い」と喝破したと伝えれているので、当時としてはかなり斬新な考えの持ち主だったようだ。</p>
<p>江戸時代、大阪堂島の米市場が、世界に先駆けてデリバティブを制度化したことからもわかるように、江戸時代の金融テクノロジーは世界最高水準にあった。マクロ経済の安定と戦争の回避という点で、私としては、先物取引の発明よりも、量的金融緩和の発明の方を評価したい。デフレからなかなか抜け出すことができない現在の日本も、江戸時代の知恵を学ばなければならない。</p>
<p>太陽黒点数の変動にともなって発生する資源インフレと資源デフレの差はそれほど大きいものではない。ところが、社会システムには、小さな摂動を増幅するポジティブ・フィードバック作用がある。ポジティブ・フィードバックを放置しておくと、スパイラル的なデフレやインフレが発生し、そしてそれが恐慌・戦争・失業・餓死など深刻な社会問題を惹き起こす。自然環境の変動に対して、システムが社会秩序の低エントロピー性を維持しようとするならば、マネーサプライの適切なコントロールにより、増大するエントロピーを縮減しなければならない。</p>
<p>私は、江戸時代の知恵に学べといったが、現在の経済システムは、江戸時代のそれと比べて、あまりにも複雑で、マネーサプライのコントロールを少数の中央銀行の官僚たちの裁量に任せるわけにはいかなくなっている。そこで、次節で、現代にふさわしい新しいマネーサプライのコントロール方法を提案したい。</p>
<div class="postscript">
読書案内</div>
<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%" class="left">書名</th>
<td width="70%" class="left"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478200483/n08-22/ref=nosim">信用恐慌の謎―資本主義経済の落とし穴</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">媒体</th>
<td width="70%" class="left">単行本</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">著者</th>
<td width="70%" class="left">ラース トゥヴェーデ 他</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">出版社と出版時期</th>
<td width="70%" class="left">ダイヤモンド社, 1998/12</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%" class="left">書名</th>
<td width="70%" class="left"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/9058231372/n08-22/ref=nosim">Business Cycles: From John Law to the Internet Cycle</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">媒体</th>
<td width="70%" class="left">ペーパーバック</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">著者</th>
<td width="70%" class="left">Lars Tvede</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">出版社と出版時期</th>
<td width="70%" class="left">Harwood Academic Pub, 2001/02/01</td>
</tr>
</tbody>
</table>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>マネーサプライはどう調節するべきか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/digital_money.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2005:/ja/b//3.304</id>

    <published>2005-05-07T20:05:23Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:30Z</updated>

    <summary>現代の世界には、江戸時代とは違って、電子マネーなどのデジタル化技術とインターネットなどの通信インフラがある。これらの特性を生かせば、金融政策の最も重要な仕事、すなわちマネーサプライの適切なコントロール...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="007_entropy" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>現代の世界には、江戸時代とは違って、電子マネーなどのデジタル化技術とインターネットなどの通信インフラがある。これらの特性を生かせば、金融政策の最も重要な仕事、すなわちマネーサプライの適切なコントロールを自動的に行ってくれる通貨制度を作ることができる。本節では、私が数量調節型貨幣と名付ける新しい電子マネーのあり方を提案したい。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 電子マネーによる決済</h2>
<p>90年代の後半から、いくつかの民間企業が電子マネー発行を試みたが、ほとんどは失敗に終わっている。貨幣の本源的な発行者が国家であることを考えるならば、政府や中央銀行が電子マネーの発行者となるべきである。政府が、住民票など個人をアイデンティファイする機能を持つICカードを全国民に配れば、電子マネー普及のためのインフラが整備される。但し、私が念頭においている電子マネーは、ICカードにバリューをチャージするオープン・ループ型電子マネーではない。ネットワーク型で、中央銀行に取引履歴が残る、クローズド・ループ型電子マネーである。ICカードには、認証用情報や取引履歴などが記録されるだけだ。</p>
<p>将来、世界中どこからでもインターネットに有線または無線でアクセスできるようになると仮定しよう。その場合、すべての決済は、オンライン上でできる。貨幣を所有するということは、もはや物としての貨幣を占有することではなく、その貨幣を発行する中央銀行に、自分の登録番号と残高を登録することと同義になる。売買に際して、支払人と受取人がそれぞれICカードをインターネットに接続し、登録番号と暗証番号（あるいはバイオメトリックス）でログインし、支払金額の移転を行う。使い方は小切手とよく似ている。違いは、民間銀行ではなくて、中央銀行が直接当座預金を管理していること、インターネットを使うので、決済が全て瞬時に行われることである。</p>
<p>この制度のもとで、中央銀行は、全ての決済履歴をホスト管理する。したがって、貨幣の偽造、すなわち他人の残高を減らすことなく、自分の残高を増やすことは制度的に不可能である。盗まれることは制度的にありうるが、犯人の登録番号が残るので、現金やクレジットカードよりも安全である。また、決済履歴をもとに中央銀行が徴税を代行することもできるので、脱税の摘発も容易になる。</p>
<p>但し、中央銀行に集まる情報は、プライバシー保護のために、犯罪捜査以外の目的には使用できないように法律で定めるべきである。ICカードのユーザは、支払相手に対して匿名となる設定を選べば、一度買物をした店からしつこくスパムが送られてくるといったことを防ぐことができる。</p>
<p>中央銀行が当座預金を引き受けても、民間の銀行が不要になるわけではない。利子収入を得るためには、貨幣を貸し出さなければならない。貨幣を貸借するときには、登録番号をそのままにして、一定期間内での特定金額へのアクセス権とその使用権を貸与する。</p>
<p>商品の売買や貨幣の貸借に際して、電子マネーは、従来の貨幣と同様に、商品あるいは債券と交換される。しかし為替市場と株式市場では、以下説明するように、交換とは違った置換のルールが適用される。</p>
<h2>2. 為替市場における数量調節</h2>
<p>従来のアナログ貨幣の場合、例えば、円を売ってドルを買っても、たんに2種類の通貨を交換するだけなので、世界に存在する円とドルの数量は変化せず、需給のアンバランスは為替レートの調整によって解消される。すなわち、もし円よりドルの取引需要が増えると、ドルは円に対して高くなる。すると、投機家はそれを見越して、ドルを買おうとする。その結果、円安ドル高がさらに進む。このように、価格調節型貨幣の場合、ポジティブ・フィードバックが働くために、為替市場が、ファンダメンタルズから乖離して不安定になる。</p>
<p>為替リスクをなくすという点で、固定為替相場制のほうが望ましいのだが、通貨に対する評価が絶えず変化する中で、数量と価格をともに固定することはできない。1973年以降、為替相場は、数量固定単価変動制となったが、電子マネーなら、数量変動単価固定制にすることができる。</p>
<p>後者の場合、円をドルに替える場合、交換相手としてドルの所有者を見つける必要はない。日銀に登録してある残高を減らし、固定された為替レートに従って、その分、ＦＲBに登録する残高を増やす。このように、交換する場合とは異なって、置換する場合、円をドルに替えるたびに、円の総量が減って、ドルの総量は増える。</p>
<p>円が割高でドルが割安だと感じると、人々は円を売ってドルを買うので、量的にドルが増えて円が減る。すると、希少性を失ったドルの価値は下がり、希少となった円の価値は上がるので、最終的には固定レートで均衡に達する。このように、数量調節型貨幣では、ネガティブ・フィードバックが働くために、為替市場は安定する。</p>
<h2>3. 株式市場における数量調節</h2>
<p>この数量調節の原理を株式にも当てはめてみよう。株式分割や増資などの場合を除けば、通常株式数は一定で、株式市場が決定するのは、1株の価格だから、株式は数量固定単価変動型有価証券である。ある株式会社の収益改善期待が高まり、その株への需要が増大すると、株式数が一定なので、株価は値上がりする。すると、配当には関心のない、キャピタル・ゲイン目当ての投機家たちも、その株を買おうとするので、さらに株価は上昇する。株価が値下がりを始めた時にも、同様のポジティブ・フィードバックが働く。株式市場が、熱しやすく冷めやすい所以である。</p>
<p>株券および取引が完全に電子化されれば、株式も、信用度の高い発行済み株式に限ってであるが、次のように数量変動単価固定型にすることができる。まず、数量固定単価変動型であった時の終値で株価を固定し、次に、株主が、株式の売却を望む時、従来のように貨幣と引き換えに株式を他者に譲渡するのではなく、株主リストから登録してある保有数を減らし、その情報に基づいて、中央銀行が、株価×株式数を売却者の残高に付け加えるようにする。こうすれば、株式を売却すると、数量的に貨幣が増え、株式が減る。発行済み株式を購入する時も、同様に、交換せずに置換する。不動産などから得る収益を裏付けとする資産担保証券についても、数量調節型にできるようにする。</p>
<p>ある株式会社の配当総額が増えると、その株式の購入者が増えるが、それに伴って、1株あたりの配当額が以前と変わらない水準まで株式数も増えるので、株価が上昇することはない。逆に収益が悪化しても、株式数が均衡に達するまで減るだけで、株価は下がらない。時価総額の変化は、もっぱら株式数で調節される。</p>
<h2>4. 決済手段としての外貨と株式</h2>
<p>このように、外貨や株式の売買に置換のルールを導入した上で、外貨や株式を決済手段として売買することを考えよう。支払手段として、減らしたい有価担保証券を、受取手段として、増やしたい有価証券を手持ちのICカードに設定しておけば、通常の決済を通して自分のポートフォリオを望ましいポジションに持っていくことができる。その際、相手がどのような決済手段を使うかは、全く気にする必要がない。</p>
<p>例えば、Aは支払手段として円建ての不動産証券を、Bは受取手段としてユーロ通貨を指定していたとする。AがBから商品を購入する時、その決済情報は地主管理サーバーに送られ、そこで支払金額に相当する不動産証券の枚数が削除され、その金額がユーロに換算されて、Bが持っている欧州中央銀行の口座でのユーロ通貨が増加する。</p>
<p>なお、債券は数量調節型有価証券ではないので、決済手段としては使えないようにするべきだ。特に、国債は、信用力という点でその国の通貨に匹敵するので、国債に流動性を与えると、利払いのない国債である通貨が使われなくなってしまう。これから説明するように、数量調節型有価証券は、景気変動に対するビルトイン・スタビライザーとして機能する。この機能を無効にしないためにも、国債は、譲渡不可能な指名債権とするべきである。</p>
<p>通貨や株式などを数量調節型にすると、これらは景気変動に際して、ネガティブ・フィードバックの機能を発揮することになるなるので、経済システムは安定する。すなわち、スパイラル的なインフレ（バブル）やスパイラル的なデフレ（恐慌）を回避することができる。</p>
<p>景気が悪くなると、流動性選好が高まり、人々は株や不動産を売却して現金化しようとする。するとベースマネーの量が増え、実質金利が低下し、マネーサプライが増加する。この自動的な金融緩和により、景気は回復に向かう。反面、株や不動産などの有価証券は、売られることにより、数量が減少し、単位あたりの利回りが元の水準に戻るので、過剰に売られることはない。</p>
<p>景気が良くなると、人々は、配当や地代の増加期待から、株や不動産などの資本を手に入れようとする。しかし、その場合、有価証券の数量が増えるので、資産価格がバブル的に高騰することはない。また、貨幣の数量が減るので、金融引き締めによりインフレが阻止される。</p>
<p>現在、金融政策は、中央銀行の裁量に委ねられている。しかし、景気の現状把握、政策変更の決定と実行、効果の発現に時間がかかるので、適切な時期に金融政策を行うことは難しい。過去の歴史を見ればわかるように、中央銀行は、往々にして、景気回復局面で金融緩和を行ってバブルを発生させ、景気後退局面で引き締めて不況を深刻にする。間違いの多い手動調節よりも市場原理に基づく自動調節のほうが望ましい。通貨の発行量を決める大権を、選挙の洗練を受けたわけでもない中央銀行総裁から通貨を使っている個々人に委譲すること、それは究極の経済民主化である。</p>
<div class="postscript">
読書案内</div>
<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%" class="left">書名</th>
<td width="70%" class="left"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4806121770/n08-22/ref=nosim">電子マネー戦争 Suica一人勝ちの秘密―魔法のカードの開発秘話と成功の軌跡</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">媒体</th>
<td width="70%" class="left">単行本</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">著者</th>
<td width="70%" class="left">岩田 昭男</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%" class="left">出版社と出版時期</th>
<td width="70%" class="left">中経出版, 2005/02</td>
</tr>
</tbody>
</table>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>浦島伝説の謎を解く</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/urashima.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.302</id>

    <published>2006-01-27T16:06:46Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:30Z</updated>

    <summary> 浦島伝説には不可解な謎がある。なぜ竜宮は水の中にあるのか、なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか、なぜ玉手箱を開けると年を取るのか。これらの謎を解明しながら、個人史的にも人類史的にも忘れ去られら太古の記憶...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<div class="object_left"><img src="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/urashima000.jpg" /></div>
<p>浦島伝説には不可解な謎がある。なぜ竜宮は水の中にあるのか、なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか、なぜ玉手箱を開けると年を取るのか。これらの謎を解明しながら、個人史的にも人類史的にも忘れ去られら太古の記憶を甦らせ、さらに、なぜこの記憶が抑圧され、忘れ去られるようになったのか、個体発生的かつ系統発生的にそのフラクタルなプロセスを明らかにする。</p>]]>
        <![CDATA[<div class="postscript">目次</div>
<div class="book">
<p><a href="riddle.html">第１章 竜宮への旅</a></p>
<div class="section"><a href="riddle.html">第１節 竜宮伝説の三つの謎</a></div>
<div class="section"><a href="womb.html">第２節 なぜ竜宮は水の中にあるのか</a></div>
<div class="section"><a href="dragon.html">第３節 なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか</a></div>
<div class="section"><a href="eternity.html">第４節 なぜ玉手箱を開けると年を取るのか</a></div>
<p><a href="castration.html">第２章 竜宮からの脱出</a></p>
<div class="section"><a href="castration.html">第１節 父権宗教による去勢</a></div>
<div class="section"><a href="christianity.html">第２節 キリスト教による去勢</a></div>
<div class="section"><a href="islam.html">第３節 イスラム教による去勢</a></div>
<div class="section"><a href="buddhism.html">第４節 仏教による去勢</a></div>
<p><a href="recapitulation.html">第３章 太古の記憶を語る</a></p>
<div class="section"><a href="recapitulation.html">第１節 個体発生と系統発生</a></div>
<div class="section"><a href="freud.html">第２節 フロイトの反復説</a></div>
<div class="section"><a href="libido_development.html">第３節 反復説の再構成</a></div>
<div class="section"><a href="momotaro.html">第４節 浦島太郎と桃太郎</a></div>
</div>
<div class="postscript">読書案内</div>
<p>地母神崇拝については、</p>
<p class="note">安田喜憲：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047032107/n08-22">大地母神の時代</a></p>
<p>竜信仰については、</p>
<p class="note">荒川 紘：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314007265/n08-22/ref=nosim">龍の起源</a></p>
<p class="note">池上 正治：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106005794/n08-22/ref=nosim">龍の百科</a></p>
<p class="note">篠田 知和基：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409540521/ref=nosim">竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち</a></p>
<p>などを参考にした。</p>
<p>父権宗教に関しては、聖典が文字で残っているので、『<cite title="著者：共同訳聖書実行委員会 他；書名：聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき；出版年：1998/01；出版社：日本聖書協会"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim">聖書</a></cite>』『<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 上；出版年：1957/11；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381319/n08-22/ref=nosim">コーラン</a></cite>』『<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">スッタニパータ</a></cite>』などを直接読むべきであるが、参考書としては、</p>
<p class="note">石田 友雄：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794213611/n08-22/ref=nosim">聖書を読みとく―天地創造からバベルの塔まで</a></p>
<p class="note">小室 直樹：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797670568/n08-22/ref=nosim">日本人のためのイスラム原論</a></p>
<p class="note">磯部 隆：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887302053/n08-22/ref=nosim">釈尊の歴史的実像</a></p>
<p>などが役に立った。</p>
<p>フロイトの反復説の代表作としては、『トーテムとタブー』を挙げることができる。</p>
<p class="note">Sigmund Freud：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim">Totem und Tabu</a></p>
<p class="note"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)</a></p>
<p>反復説批判としては、</p>
<p class="note">Stephen Jay Gould：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0674639413/n08-22">Ontogeny and Phylogeny</a></p>
<p class="note">スティーヴン・ジェイ・グールド：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875021402/n08-22">個体発生と系統発生</a></p>
<p>が有名である。最後に、去勢に関しては、ラカンから影響を受けたので、難解ではあるが、</p>
<p class="note">Jacques Lacan: <a href="http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/2020027526/f-21">Ecrits</a></p>
<p>を挙げておこう。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>竜宮伝説の三つの謎</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/riddle.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.301</id>

    <published>2006-01-27T17:26:15Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:30Z</updated>

    <summary>浦島伝説と類似の民話は、世界に広く見られる。このことは、浦島伝説には、人類に普遍的な何かがあるということを意味しないだろうか。浦島伝説の問題の所在を確認しよう。...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>浦島伝説と類似の民話は、世界に広く見られる。このことは、浦島伝説には、人類に普遍的な何かがあるということを意味しないだろうか。浦島伝説の問題の所在を確認しよう。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 浦島伝説の起源は何か</h2>
<p>日本人なら誰でも浦島太郎の物語を知っている。忘れてしまった人は、浦島太郎の唄を歌って思い出そう。そして、この唄を歌った子供の頃を思い出そう。この本は、幼かった頃の記憶を甦らせる本なのだから。</p>
<div class="remark">
<p>昔々浦島は<br />
助けた亀に連れられて<br />
竜宮城へ来て見れば<br />
絵にもかけない美しさ</p>
<p>乙姫様のごちそうに<br />
鯛やひらめの舞踊<br />
ただ珍しくおもしろく<br />
月日のたつのも夢の中</p>
<p>遊びにあきて気がついて<br />
おいとまごいもそこそこに<br />
帰る途中のたのしみは<br />
みやげにもらった玉手箱</p>
<p>帰って見ればこはいかに<br />
もといた家も村もなく<br />
みちに行きあう人々は<br />
顔も知らない者ばかり</p>
<p>こころぼそさにふた取れば<br />
あけて悔しき玉手箱<br />
中からぱっと白けむり<br />
たちまち太郎はおじいさん</p>
</div>
<p>浦島の話は、8世紀の文献である『日本書紀』や『丹後国風土記』の逸文に登場するのが最も古い。「浦島太郎」は「浦嶋子」、「竜宮城」は「蓬莱山（とこよのくに）」、「玉手箱」は「玉匣（たまくしげ＝化粧箱）」と呼ばれているが、『丹後国風土記』の逸文に描かれているあらすじは、現在に伝わる浦島伝説とほぼ同じである。ただ、浦嶋子が亀を助けた話がないこと、乙姫様が亀の化身で、「亀姫」と呼ばれていたこと、玉匣を開けると、浦嶋子が「風雲のむた翩りて蒼天に飛びゆきぬ（風雲と共に天に飛び去った）」となっていることなど、いくつかの相違点もある。</p>
<p>「浦嶋子」が「浦島太郎」になるのは、室町時代のお伽草子においてである。冒頭が動物報恩譚で始まり、結末は、浦島太郎が玉手箱を開けた結果、太郎は鶴となって蓬莱山へ飛んで行き、そこで亀に再会して、夫婦ともに丹後の明神となったというハッピーエンドで終わっていて、道徳的色彩が強い。</p>
<h2>2. 浦島太郎は実在の人物か</h2>
<p>8世紀に書かれた浦島伝説は、7世紀末の日本の文人、伊預部馬養による創作と考える人がいる一方、実在の人物の実体験に基づく伝説だと主張する人もいる。フジテレビの番組「奇跡体験！アンビリーバボー」は、2000年9月14日に、浦島伝説は、日本から南東へ3700キロ離れたところにあるミクロネシアのポナペ島に潮流で漂着して、そこから帰還した漁師の体験が元になった話だという説を放送した。</p>
<p>この番組によると、ポナペ島南東の海底に、「聖なる都市」という意味のカーニムエイソという海域があり、そこでは、強い磁気のおかげで時間の感覚がなくなってしまうとのことである。この強い磁場を取り囲むように、高さ5mほどの丸い石柱19本が海底に建てられており、さながら海底都市の遺跡ような外観を呈している。さらに、この地域には、次のような伝説がある。</p>
<div class="remark">
<p>昔、ある男が、海を泳いでいると亀に出会い、泳いで付いて行くとカーニムエイソの海底都市を見つけた。彼は、カーニムエイソでの体験を絶対話してはいけないと言われたにもかかわらず、地上に戻ると、周りの人たちにこのことを話してしまった。すると、その瞬間、男は死んでしまった。</p>
</div>
<p>口を開けて秘密を外に漏らしたことが、玉手箱を開けてしまったことに相当するというわけだ [フジテレビ：<cite title="Source: p103_3; Accessed Date: 5/15/2005"><a href="http://web.archive.org/web/20031213223915/www.fujitv.co.jp/jp/unb/contents/p103_3.html">浦島太郎伝説の真実</a></cite>]。</p>
<h2>3. 浦島伝説の起源は琉球か</h2>
<p>もっとも、ポナペ島は日本から遠すぎて、『丹後国風土記』の逸文が伝えるように、三日では漂着できない。日本にもっと近いところでは、琉球諸島（特に、八重山列島）が伝説発祥の地として有力視されている。折口信夫によると、海の彼方あるいは海底に「ニライカナイ」という異郷の浄土があって、そこから神（まれびと）が現れ、現世の地上の人々を訪れるという信仰が琉球諸島にある [折口 信夫：妣が国へ・常世へ，<cite title="Source: 古代研究〈1〉祭りの発生; Author: 折口 信夫; Publication Date: 2002/08; Publisher: 中央公論新社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121600363/n08-22/ref=nosim">古代研究〈1〉祭りの発生</a></cite>]。</p>
<p>この信仰のためなのか、琉球諸島では、浜辺を訪れる亀は神として大切にされている。「ニライカナイ」は、本土の言葉で言えば、常世（とこよ）に相当する、時間を超越した理想郷であり、竜宮城の条件を満たしている。そして、1995年には、竜宮城にふさわしい海底遺跡が与那国島近海で発見された。</p>
<p>グラハム・ハンコックによれば、与那国海底遺跡は、1万年以上前に存在した超古代文明によって造られ、氷河時代の終わりに世界を襲った大洪水で水没し、遺棄された巨石建築物である [グラハム・ハンコック：<cite title="Source: 神々の世界(下); Author: グラハム・ハンコック 他; Publication Date: 2002/10/01; Publisher: 小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093561826/n08-22/ref=nosim">神々の世界(下)</a></cite>]。本当に人間が作ったものかどうかは別として、あの幻想的な石造物が宮殿のように見えることは確かであり、たまたまこれを水中で見つけた昔の琉球の人が、その神秘的な体験からニライカナイ伝説を作り出したという仮説を考えることもできる。</p>
<h2>4. 浦島伝説は世界中にある</h2>
<p>以上のミクロネシア起源説と琉球諸島起源説は、どちらも、浦島の話が日本特有であり、日本人のある実体験に基づいているはずだという前提の下で出されている。ところが、実は、浦島伝説とそっくりの民話が中国にもある [君島 久子：<cite title="Source: 月をかじる犬―中国の民話; Author: 君島 久子; Publication Date: 1984/01; Publisher: 筑摩書房"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480040811/n08-22/ref=nosim">月をかじる犬―中国の民話</a></cite>]。いろいろなバリエーションがあるが、一番日本のものと近いのは、「洞庭湖の竜女」と呼ばれている、長江流域に伝わる、次のような話である。</p>
<div class="remark">
<p>昔、若い漁夫が、ある乙女を助けたところ、その乙女は、実は竜女だった。彼女の招待で、漁夫は洞庭湖の湖底にある竜宮城に行くことができた。漁夫は、竜宮城で湖の生き物たちに歓待され、ついには竜女と結婚して幸せに暮らした。楽しい日々が続いたが、漁夫はふと、故郷の母親を思い出し、故郷に帰りたいと言うと、竜女は「私に会いたくなったら、いつでもこの箱に向かって私の名を呼びなさい。でも、この手箱を開けてはいけません」と言って、宝の手箱を渡した。</p>
<p>漁夫が故郷に帰ってきてみると、村の様子はすっかり変わり、自分の家は無く、村人たちも知らない人ばかりだった。村の年寄りに聞くと、「子供の頃に聞いた話だが、この辺りに、出て行ったきり帰らぬせがれを待つ婆様が住んでいたということだが、もうとうの昔に亡くなったということじゃ」と言われた。気が動転した漁夫は、竜女に説明を求めようと、思わず手箱を開けてしまった。すると、一筋の白い煙が立ち上がり、若かった漁夫は白髪の老人に変わり、湖のほとりにばったりと倒れて死んだ。</p>
</div>
<p>この話は、六朝時代に編集された『拾遺記』にある。『拾遺記』は、その原本が東晋の時代（5世紀以前）に書かれわけだから、『日本書紀』や『丹後国風土記』よりもずっと古い。だから、中国南部にあった民間伝承が日本に伝わり、それを伊預部馬養が日本風にアレンジして、史実であるかのように書き記したと考えることができる。実際、『日本書紀』や『丹後国風土記』に書かれている浦島伝説には、「蓬莱山」、「仙都」、「神仙の堺」など、中国の神仙説話から影響を受けたことを示す言葉が使われている。</p>
<p>では、浦島伝説発祥の地は、中国なのか。そう断定することはできない。なぜなら、浦島伝説と類似の竜宮伝説は世界の他の地域にも見られ、かつその起源は相当に古いからだ。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409540521/n08-22/ref=nosim" title="Source: 竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち; Author: 篠田 知和基; Publication Date: 1997/11; Publisher: 人文書院" class="blockquote">
<p>竜宮の信仰は必ずしも日本や中国だけのものではない。インドのナーガ神の宮殿も地下か海底にあって、当然、憂いを知らない楽園である。いや、アーサー王物語のモルガンや湖の夫人の宮殿も水底の妖精世界である。グラエランやギンガモールが訪れた妖精の国もある。こちらは必ずしも水底とは言われないが、たいていは川を渡った彼方にあり、妖精も水の妖精の性格が強い。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[篠田 知和基：<cite title="著者：篠田 知和基；書名：竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち；出版年：1997/11；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409540521/n08-22/ref=nosim">竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち</a></cite>, p.35] </div>
<p>ヨーロッパで最も浦島伝説と似ているのは、アイルランドに伝わるオシーン（オシアン）の伝説である。これは、簡単にまとめると、次のような話である。</p>
<div class="remark">
<p>騎士オシーン（Oisin）が父や仲間の騎士たちと狩に出かけると、美しい乙女が馬に乗って現れた。彼女は常若の国（Tir na nOg ティル・ナ・ノグ）の王女でニアヴ（Niamh）といい、オシーンと結婚するために来たと言った。オシーンはニアヴに魅了され、彼女と共に行くことを承知した。 オシーンは、馬にまたがってニアヴと共に霧に覆われた海の上を駆けて行った。霧が晴れると、常若の国が現れた。オシーンは、王と王妃に迎えられ、素晴らしい祝宴が何日も続いた。三年が経つのは瞬く間のことだった。</p>
<p>やがて、オシーンは父や仲間が恋しくなり、一度帰ろうと思い立った。ニアヴにそれを告げると、彼女は「この馬から降りてはいけません」と言って馬を用意した。オシーンは決して馬から降りないと約束し、それに乗って、常若の国を後にし、懐かしい故郷に帰った。ところが、目にする光景は、何もかも変わっていて、愕然とする。途中、オシーンは、大勢の小人たちが大きな石の水槽を動かそうとしているのに出会い、彼らを助けようと馬の上から身をかがめて片手で岩を持 ったところ、馬から転落した。そして、オシーンは、両足が土に触れると、皺だらけの老人になってしまった。白馬はいなないて駆け去り、二度と戻らなかった。</p>
</div>
<p>この神話の起源は3世紀まで遡ると言われている [Harry Mountain：<cite title="Source: The Celtic Encyclopedia (Celtic Encyclopedia); Author: Harry Mountain; Publication Date: 1998/05/19; Publisher: Upublish.Com"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1581128924/n08-22/ref=nosim">The Celtic Encyclopedia (Celtic Encyclopedia)</a></cite>, p.576-577]。つまり、この話は、キリスト教が伝来する前から存在したケルト人たちの土着的な伝説なのである。中国の竜宮伝説ほど浦島伝説には似ていないが、後で示すように、このオシーンの伝説も浦島伝説と等価である。</p>
<h2>5. 浦島伝説は何を伝えているのか</h2>
<p>起源の問題を別としても、浦島伝説をはじめとする世界の竜宮伝説には、多くの謎がある。</p>
<ol>
<li>なぜ竜宮は、理想郷であるにもかかわらず、天の上ではなくて、海や湖といった水の中にあるのか 。竜宮伝説の中には、竜宮が、島や洞窟の中にある場合があるが、これはなぜか。</li>
<li>なぜ日本の浦島伝説には、竜が出てこないのに、竜宮が出てくるのか。なぜ浦島を竜宮に連れて行ったのは亀だったのか。なぜニアヴは馬に跨っていたのか。</li>
<li>なぜ、竜宮では時間の流れが遅いのか。なぜ浦島は、玉手箱を開けたとたん年を取ってしまったのか。 なぜオシーンは、足を地に着けたとたんに老人になってしまったのか。</li>
</ol>
<p>これらの謎を解くことで、私たちは、人類の精神史の初期に光を当てることができる。自分自身の過去を思い出しながら、忘れ去られた人類の過去の記憶を呼び覚まそう。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>なぜ竜宮は水の中にあるのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/womb.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.305</id>

    <published>2006-01-27T17:47:02Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:30Z</updated>

    <summary>キリスト教やイスラム教や仏教などの世界宗教においては、天国や極楽浄土といった理想的異界は、天の上あるいは天の彼方にあると信じられている。しかし、浦島伝説では、理想的異界は海の中にある。どちらの異界観の...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>キリスト教やイスラム教や仏教などの世界宗教においては、天国や極楽浄土といった理想的異界は、天の上あるいは天の彼方にあると信じられている。しかし、浦島伝説では、理想的異界は海の中にある。どちらの異界観のほうが古いのだろうか。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. あの世はかつて天上にはなかった</h2>
<p>折口信夫は次のように言っている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122003644/n08-22/ref=nosim" title="Source: 折口信夫全集 第20巻 神道宗教篇 (20); Author: 折口 信夫 他; Publication Date: 1976/06; Publisher: 中央公論新社" class="blockquote">
<p>私は日本民族の成立・日本民族の沿革・日本民族の移動などに対する推測から、海の他界観まづ起り、有力になり、後、天空世界が有力になり替つたものと見てゐる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[折口信夫：民族史観における他界概念 ，<cite title="著者：折口 信夫 他；書名：折口信夫全集 第20巻 神道宗教篇 (20)；出版年：1976/06；出版社：中央公論新社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122003644/n08-22/ref=nosim">折口信夫全集 第20巻 神道宗教篇 (20)</a></cite>, p.53] </div>
<p>結論としては、折口に賛成なのだが、問題は、なぜかつては、理想的異界が海の中にあったのか、その理由である。 日本人が南の海から渡ってきたというのは理由にはならない。これは、日本人に限らず、世界に広く見られる異界観の変遷なのだから。</p>
<h2>2. 竜宮は土の中にもあった</h2>
<p>浦島伝説以外の日本の異界訪問譚、例えば「鼠の浄土」では、理想郷は土の中にある。中国でも、竜宮が洞窟の中にある場合がある。冒頭で紹介した『拾遺記』に記録されている竜宮伝説の舞台は、もともとは、洞庭湖ではなくて洞庭山で、竜宮は洞窟の中にあった。さらに、『拾遺記』よりも前の3世紀頃に、晋の干宝が書いたと伝えられる『捜神記』には、次のような「袋の中の鳥」という話がある。</p>
<div class="remark">
<p>会稽に、袁相と根碩という二人の男が住んでいた。ある時、二人は狩をするために山奥に入り、ヤギを追ったが、ヤギは一つの石橋を渡っていった。二人も石橋を渡り、ジグザグの小道を登っていくと、洞窟がある。中に入ると、いい匂いがするので、そのまま進んでいくと、一軒の家があった。二人が家を訪ねると、そこには十五、六歳で、非常に麗しい容貌をしている、青い服を着た二人の乙女が住んでいて、二人を家の中に迎え入れた。二人の乙女は袁相と根碩を手厚くもてなして、その妻になってしまった。</p>
<p>二人の男は夢のような心地で毎日をすごしていたが、そのうち故郷が恋しくてたまらなくなり、故郷に帰ることにした。すると、乙女たちは、「どんなことがあっても、この袋を開けてはなりません」 と言って、それぞれ一つの袋をわたした。男たちは約束を守って、決して袋を開けなかった。ところが、ある日、根碩の妻が、好奇心から、夫の留守中に袋の口を開けて しまった。中には青い小鳥が入っていて、そのまま飛び去ってしまった。その後、外で働いている根碩に妻が弁当を持っていくと、夫は既に死んでいた。夫の体から魂が飛び去って、もぬけの殻になっていたのである。</p>
</div>
<p>この話の全般的な分析は、また後でやることにして、ここでは、なぜ洞窟の中が理想郷でありうるのかという問題を考えよう。世界宗教では、土の中は、地獄であり、理想郷とは対極的な世界である。しかし、例えば、記紀に描かれている黄泉の国あるいは根の国（根堅州国）には、決してそのような否定的なイメージはない。</p>
<p>根の国は、黄泉の国とも呼ばれていた。黄泉の国の「よみ」は「やみ」の母音交代形 [白川 静：<cite title="著者：白川 静；書名：字訓 新装普及版；出版年：1999/01；出版社：平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582128122/n08-22/ref=nosim">字訓</a></cite>, p.793] であるから、黄泉の国は闇の国である。イザナミを見るために、イザナギが火を灯したぐらいだから、闇の国であったことは確かである。</p>
<p>スサノヲは、根の国および黄泉の国のことを「妣の国」と呼んでいる。「妣」は、死んだ母のことであるから、イザナミのことを指していると解釈できる。しかし「妣の国」という名称には、 たまたまその時イザナミがいたという以上の意味がある。</p>
<p>日本神話は、天つ神と国つ神、高天原と黄泉の国、父性と母性、陽と陰、明と暗、支配者と被支配者、弥生文化と縄文文化という二元論によって構築されていて、イザナギとイザナミもこの二項対立に組み込まれている。イザナミが別名黄泉津大神であることからわかるように、黄泉に属することは、イザナミにとって本質的なことである。</p>
<p>世界宗教が登場するまで、人類は地母神を崇拝していた。乳幼児が父よりも母を頼るように、初期の人類は、父なる天よりも母なる大地にすがっていたのである。</p>
<h2>3. 竜宮は地母神の子宮だった</h2>
<p>旧石器時代のヨーロッパの遺跡からは、ふくよかな体をした女性の偶像が多数見つかっているが、男性の偶像は見つかっていない。また、この時代には、ラスコー洞窟に代表される壁画遺跡がたくさんあるが、宗教的な絵が洞窟の中に描かれるのは、この時代の宗教が地母神崇拝であることと関係がある。すなわち、洞穴の中は、母なる大地の子宮の内部として表象されていて、そこに豊穣を願う絵が描かれていたわけだ。</p>
<p>フランスとスペインの国境付近にあるニオー洞窟は、床が粘土で、その上には小さな足型がたくさん残っていることから、ここで成人式が行われたと推測されている。胎児が子宮の中から出てきて産まれるように、子供たちは、地母神の「子宮」の中から、狭い通路を通って出てくることで、成人式という第二の出産の通過儀礼を行ったと考えることができる。</p>
<p>子宮の中は羊水で満たされているので、海の中にあると考えられている竜宮も地母神の子宮 であると言うことができる。漢字の「海」の旁「毎」は、髪飾りの付いた母 である。日本語の「うみ」は、「産む」に通じる。ラテン語でも、母（mater）は海（mare）と語源的に近い。</p>
<p>異界は、海の中や土の中以外にも存在することがある。『丹後国風土記』の逸文にある「蓬莱山」は、海中の宮殿ではなく、海に浮かぶ島であった。また、異界が川の対岸として表象されることもある。これらの場所は、物理的空間としては同じでないかもしれないが、神話の象徴空間では、どれもみな地母神の子宮を象徴しているという点で同じである。異界は、羊水に囲まれた胎児の世界として表象されているのである。 </p>
<p>文明以前の時代に地母神崇拝があったことは、屈葬の習慣からも伺える。旧石器時代の埋葬には、遺体の腕や脚を折り曲げて浅鉢や甕の中へ入れる屈葬が多い。また、遺体には、血の象徴である赤色顔料がしばしば塗られる。このように遺体を産まれた時の様子を再現して埋葬する習慣は、自分たちが胎内から産まれ、そして死後、再び胎内へと帰っていくと 人々が信じていたからだと説明することができる。</p>
<h2>4. 竜宮思想は縄文文化に遡る</h2>
<p>浦島伝説で、理想郷としてのあの世が海の中にあったということは、日本人もかつては、地母神を崇拝していたということである。『日本書紀』が編集されたころには、母なる大地よりも父なる天のほうが優位にある。それは、天つ神が国つ神を支配する様々なエピソードに表れている。では、いつから、母なる大地に対する父なる天の優位が始まったのだろうか。私は、縄文時代から弥生時代への変遷の中で、この転換がなされたと考えている。</p>
<p>もっとも、今となっては、縄文人の心の中を知る直接の手掛かりはないのだが、間接的な手掛かりならある。一つは、縄文時代の遺跡からの出土品 であり、もう一つは、縄文文化を本土人以上に忠実に受け継いでいる琉球人とアイヌ人の民俗である。</p>
<p>かつて、本土に住む日本人は、琉球人やアイヌ人を異民族扱いしたことがあったが、現在では、琉球人とアイヌ人の方が原日本人ともいうべき縄文人に近く、これに対して、本土の日本人は、原日本人と朝鮮半島から来た大陸系のモンゴロイドとの混血、すなわち弥生人であることが遺伝学的分析によって実証されるようになった。</p>
<p>宝来聡らの研究 [Satoshi Horai et al: Genetic origins of the Ainu] によると、父系が縄文の血統かどうかは、“Y-haplogroups D-M55/D-M125”という日本人にしか見られないY染色体上の遺伝子の有無によって調べることができるのだが、この遺伝子の保有率は、本土人よりもアイヌ人の方が高い。ミトコンドリアDNAを用いた母系の血統の調査でも、同様の結論が出ている 。</p>
<p>なお、アイヌ人は、縄文の血統を受け継いでいるが、遺伝子分析によると、サハリンを含めた来た北東アジアの血統も受け継いでおり、純粋な縄文人とはいえない。この点、アイヌ人よりも沖縄人の方が、遺伝子的には、縄文人に近いと言える。</p>
<p>アイヌ人が文化的にも北東アジアの影響を受けているように、琉球人は中国大陸から文化的に影響を受けている。アイヌ文化も琉球文化も、縄文文化と全く同じではないことに気をつけなければならない。</p>
<h2>5. 縄文人が信仰するのは鳥か蛇か</h2>
<p>世界宗教の信者は、生前の行いが正しければ、死者の魂は天に昇るが、悪いことをすれば地獄に落ちると信じている。縄文文化の著名な研究者である梅原猛も、仏教の影響を受けているためなのか、この信仰が縄文時代にも成り立つはずだと確信している。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771066/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈6〉日本の深層; Author: 梅原 猛; Publication Date: 2000/11; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>古代人は他世界の強い信者であったと私は思う。天には神がいて、そこには先祖たちもいて、人間が死ねば、その天にある先祖たちの国に帰るのであろう。しかし、他世界はただ天のみではない。もう一つ、地の底にも他世界があり、それは黄泉の国である。いったんそこに落ちたら、絶対そこからもう出てこられない。人間は、死んで天の国に行くことを願い、地の底の黄泉の国に行くことを恐れる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈6〉日本の深層；出版年：2000/11；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771066/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈6〉日本の深層</a></cite>, p.110-111] </div>
<p>もしも、縄文人が天国へ行くことに憧れているならば、空を飛ぶ鳥（またはその人格化である天使）への信仰が主であってもよさそうなのだが、縄文時代の遺跡からの出土品には、弥生時代の遺跡からの出土品とは異なって、鳥の絵が描かれていない。むしろ、縄文時代の土器や土偶には、縄で模った蛇の紋様が多く用いられている。縄文土偶は、ほぼすべて、女の像なのだが、髪が蛇で表されたメデューサのような像もある。だから、地母神崇拝の方が強かったと考えることができる。</p>
<p>梅原は、しかしながら、蛇崇拝にはあまり注目しない。縄文人は、むしろ蛇を危険な存在として、嫌っていたと考えているようだ。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771066/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈6〉日本の深層; Author: 梅原 猛; Publication Date: 2000/11; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>洞窟は、石器時代の人間にとってかっこうの住処であった。それは夏は涼しいし、冬は暖かい。そして獣に襲われる危険もない。ただ唯一の侵入者は蛇であろう。蛇がどうしてあれほど多くの神話や昔話に出てくるか。それは、穴居生活のもっとも大きい障害者が蛇であるということを考えれば、おのずから明らかであるように思われる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈6〉日本の深層；出版年：2000/11；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771066/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈6〉日本の深層</a></cite>, p.106] </div>
<p class="box-jp">これに対して、鳥信仰は、縄文時代にも、弥生時代と同様に、あるいはそれ以上に強くあったと梅原は主張する。その根拠は、アイヌの神事に用いられるイナウである。イナウとは、柳やミズキなどの棒に切り込みを入れたり、削りかけをつけたりした木製の幣束（へいそく）で、その役割は日本の祭壇に立てられる幣（ぬさ）に似ている。イナウは、鳥の羽の形に似ている。 </p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上); Author: 梅原 猛; Publication Date: 2001/05; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p class="box-jp">イナウが鳥であり、このイナウに古い縄文時代の宗教の名残があるとするならば、既に弥生時代以前に鳥の信仰があったと考えざるをえない。そう考えた方がごく自然である。なぜなら、死んで人間が天へ行くという信仰が農耕とともに始まったとは考えにくいからであり、それは何万年前、あるいは何十万年前に狩猟採取文明の中で発明された思想にちがいない。狩猟採取民は動物と大変密接な関係を営んできて、当然鳥をこの霊界の使いと考えたにちがいない。その鳥の信仰がもし弥生時代にもたらされたとすれば、それ以前の日本人はどのような宗教の中で生きていたのか。まさか縄文時代の日本人が、死後の国をまったく信じない現代人のような合理主義者であったとはいえないであろう。縄文遺跡は、縄文の文明が最高に宗教的な文明であったことを明らかにしている。そこでは鳥が、弥生文明以上に強い役割を果たしたと考えられる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)；出版年：2001/05；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)</a></cite>, p.120] </div>
<p>天国がないならあの世もないというここでの議論は、先ほど『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771066/n08-22">日本の深層</a>』から引用した文と矛盾しているようにも見えるが、要は、梅原は、地下にある黄泉の国が死後の理想郷であるということは全く思いつきもしなかったということである。</p>
<h2>6. アイヌ人の異界はどこにあるのか</h2>
<p>本当にアイヌ人は、死後魂が天国にいくと考えていたのだろうか。ここで、梅原がアイヌ研究の師と仰ぐ藤村久和の見解を分析してみよう。藤村は、アイヌの老人と生活をともにしながら、臨死体験をした人の証言に基づく、あの世に関する伝承を採取した。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600671/n08-22/ref=nosim" title="Source: アイヌ、神々と生きる人々; Author: 藤村 久和; Publication Date: 1995/02; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p style="margin: 0px;">それによると、なぜか共通して、眼の前に道があり、そこを歩いていくと、あの世の入り口である洞くつがある。洞くつへ入っていくと、今度は長いトンネルである。なおも進んでいくと、急に道が狭くなり高さも低くなる。その非常に狭苦しいところを通って行くと、やがて向こうにポツンと灯りが見え、先を急ぐとようやくそのトンネルが終わり、新しい世界が眼の前に広がる。右手は海岸で、左手は山である。道はさらに曲がりくねってうねうねと続き、どんどん行くと一本の小川があり、橋が架かっている。その橋を過ぎると、行く手にポツポツと家が見え、煙が出ている。火を炊いているということは、家々に人がいる証拠である。そこは、まるでどこかの村のようで、この世と違う情景はまるでないという。ここがあの世へ旅立つための準備場所なのである。</p>
<p style="margin-bottom: 0px">そこでは、自分の正体を見ることができるのはイヌだけである。イヌだけが自分に吠えかかる。そうするとそこで暮らしている人たちは、何かおかしなものが来たというわけで、自分に灰などいろいろなものを投げつける。それが体中にペタペタくっついてとれない。いくら手で払っても離れない。生死をさまよった人の話だと、これらのものは、そこから戻ってくる時、先ほどのトンネルのいちばん狭いところ、ようやく体が通れるところを通った時に、全部体から落ちてしまうという。この世のイヌも、人間には見えない魔物がくるとわんわんと吠える。すると人々は、そこへ向かって灰を投げたりするのだが、そのときに魔物の霊についた灰も、魔物が逆にこの世からあの世へ戻る時には同様に取れてしまうということになるのだろう。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[藤村 久和：<cite title="著者：藤村 久和；書名：アイヌ、神々と生きる人々；出版年：1995/02；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600671/n08-22/ref=nosim">アイヌ、神々と生きる人々</a></cite>, p.210-211] </div>
<p>藤村によれば、図1に描いたように、霊は、「準備場所」にある一番高い山の頂点まで行き、そこから天空を越えてあの世の山へ行く。しかし、この「あの世へ旅立つための準備場所」は、「そこを指すアイヌ語から訳したものではなく、勝手に私がそう呼んでいるにすぎない」［藤村久和，<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600671/n08-22">アイヌ、神々と生きる人々</a>，213頁］、つまり、藤村の仮説に基づいて考え出された概念に過ぎない。</p>
<img src="urashima001.png" /><div class="caption_bottom"><span class="bold">図1 藤村久和が描くアイヌ人にとってのあの世</span><br />
[藤村 久和：<cite title="Source: アイヌ、神々と生きる人々; Author: 藤村 久和; Publication Date: 1995/02; Publisher: 小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600671/n08-22/ref=nosim">アイヌ、神々と生きる人々</a></cite>, p.215] の図を元に作成</div>
<p>もしも洞窟が「あの世の入り口」だとするならば、トンネルの向こうに広がる世界こそ「あの世」ではないのか。イヌと灰の話を見ても、トンネルを挟む二つの世界が対称的に語られている。</p>
<p>アニメ映画『<cite title="Source: 千と千尋の神隠し (通常版); Author: ; Publication Date: 2002/07/19; Publisher: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005S8LI/n08-22/ref=nosim">千と千尋の神隠し</a></cite>』には、千尋の家族が、トンネルを潜り抜けて、八百万（やおよろず）の神々が住むあの世へと迷い込むというシーンがあるが、アイヌの異界観もこれと同じと考えて差し支えない。あの映画でも、千尋は、空の上にある別世界に行ったりはしない。トンネルの向こうが、そのまま神の世界なのだ。</p>
<p>藤村が、「あの世」を「あの世」と認めず、「準備場所」と考えたのは、梅原同様に、「あの世は天の上にあるはずであって、地面の下などにあるはずがない」という父権社会の先入見から脱していないからである。私は、この先入見を捨てて、図2で描いたように、アイヌ人にとってのあの世を地下に位置付けた。</p>
<img src="urashima002.png" /><div class="caption_bottom"><span class="bold">図2 私が描くアイヌ人にとってのあの世</span></div>
<p>アイヌ人が語る「洞窟」は子宮、「長いトンネル」は膣、「非常に狭苦しいところ」は子宮膣部に相当し、この世からあの世へ生まれ変わる時、この世に生まれる時と同じプロセスをたどることになる。「非常に狭苦しいところ」を出る時に「灰のようなもの」が取れるのは、イザナキノミコトが黄泉の国からこの世に戻る時に行った祓（はらえ＝払え）と禊（みそぎ＝身削ぎ）に相当し、蛇の脱皮をモデルにしている。</p>
<p>多くの蛇信仰の研究者は、脱皮する蛇は永遠の生命の象徴であるから、世界的に蛇は神として崇められると説明する。だが、脱皮する動物は蛇だけではない。他の爬虫類や両生類や節足動物も脱皮する。蛇の脱皮は全身のつながった抜け殻を残すことで有名だが、昆虫も同様の抜け殻を残す。だからと言って、そうした昆虫がすべて永遠の生命を持った神として崇拝されるわけではない。むしろ、セミの抜け殻を意味する「空蝉（うつせみ）」に、はかないという意味があるなど、逆の場合すらある。蛇信仰の根拠を考える時には、蛇ならではの属性に注目しなければならない。脱皮という属性は、蛇信仰の根拠の一つにしか過ぎない。</p>
<p>母権宗教が蛇を神の使者として崇めるのは、蛇が、子宮へと通じる長いトンネルの形をしているからである。蛇が地を這う様子は、川が大地を流れる様とよく似ている。川の流れに身を任せれば、海に入ることができる。川は胎内回帰のための案内人であり、案内人としての役を果たす巫女は、蛇と自己同一する。</p>
<h2>7. なぜアイヌのあの世はこの世と逆なのか</h2>
<p>アイヌの人たちにとって、この世とあの世はあべこべの関係にある。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600671/n08-22/ref=nosim" title="Source: アイヌ、神々と生きる人々; Author: 藤村 久和; Publication Date: 1995/02; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>まず季節が逆である。だからこちらが冬であれば、むこうは夏になる。［…］それから、昼と夜とが逆である。こちらが昼の時は、むこうは夜である。［…］また時間の尺度が相当ちがうらしくて、ほんとうかどうかというのは確かめようがないが、この世の一日はあの世の六日にあたるという言い方をする。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[藤村 久和：<cite title="著者：藤村 久和；書名：アイヌ、神々と生きる人々；出版年：1995/02；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600671/n08-22/ref=nosim">アイヌ、神々と生きる人々</a></cite>, p.216] </div>
<p>私のモデルなら、このあべこべ関係を容易に説明できる。日本から見て、地球の裏側にある南米の国のことを考えてほしい。「こちらが冬であれば、むこうは夏」であり、「こちらが昼の時は、むこうは夜である」。藤村モデルのように、この世とあの世が天で接していると考えるなら、この世が昼の時、あの世も昼ということになってしまう。</p>
<p>もとより、縄文人が地球球体説を信じていたというわけではない。琉球人は、地面は平らで、太陽（てだ）は東の地面にある太陽の穴（てだがあな）から出てきて、西の地面にある太陽の穴（てだがあな）に沈むと考えていたが、縄文人もそう考えていたことだろう。 </p>
<p>南米の国とは違って、地面の下にあるあの世は、この世とは質的に異なる世界である。この世の一日があの世の六日にあたるのも、あの世がこの世とは異質の世界であることを物語っている。この時間経過の異常は、浦島伝説の謎の一つに対応しているが、第四節でまた改めて取り上げることにしよう。</p>
<h2>8. 琉球では神女が鳥になる</h2>
<p>私は、アイヌ神話の分析から、縄文時代のあの世が地下にあったと判断した。では、縄文文化のもう一つの末裔である琉球文化ではどうか。梅原は、ここでもまた、鳥信仰の痕跡を探し求める。そして、1978年まで久高（くだか）島で行われていた儀式、イザイホーにそれを見出した。</p>
<p>イザイホーとは、久高島の女たちが神女（なんちゅ）になるための通過儀礼で、三晩、イザイ山の仮小屋に篭り、四日間にわたって、歌や踊りを伴う神事を行う。梅原は、最初の日の夕方に行われる「七つ橋」を渡る儀式を、女が鳥になるための儀式だと主張する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上); Author: 梅原 猛; Publication Date: 2001/05; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>鳥になるために女たちは髪を乱して「七つ橋」を渡る。命を懸けて渡る。そして「エーファイ、エーファイ」とまるで鶴の鳴き声のごとき悲鳴を上げるのである。そのとき、女たちは既に鳥になっている。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)；出版年：2001/05；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)</a></cite>, p.148-149] </div>
<p>七つ橋とはこの世とあの世（ニライカナイ）との間に架けられた橋であり、この橋を渡ることで、神女となる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上); Author: 梅原 猛; Publication Date: 2001/05; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>男たちは死ぬと海の向こうの遠い国、ニライカナイに行ってしまい、いつ帰ってくるかわからない。しかし、神となった、鳥となった女は死んでニライカナイにいってもすぐ、彼女たちがそこで生まれそこで神となった、祖先の霊のいるウタキに舞い戻り、そこに永久にとどまって末永く故郷の島の子孫たちを守るのである。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)；出版年：2001/05；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)</a></cite>, p.148] </div>
<p>女が鳥になるのは、あの世が天の上にあるからだろうか。問題は、あの世である「ニライカナイ」がどこにあるかである。</p>
<h2>9. 琉球人にとって異界はどこにあるのか</h2>
<p>梅原は、アイヌ語でニライカナイの語源を推測する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771082/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈8〉日本冒険(下); Author: 梅原 猛; Publication Date: 2001/07; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>沖縄にはニライカナイという信仰があります。それは海の彼方のあの世を言うらしいのです。私はニライカナイというのをアイヌ語で解釈する。ニライ、根の下のところ、カナイ、空の上のところ、ということになりますが、それは根の下であるとともに、空の上である。根の下、夜の極点か［が？］、空の上、昼の極点になるのです。こういう根の下と空の上、夜と昼とが出会うところだと思います。大変哲学的な概念ですが、原始人は意外に哲学的なんです。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈8〉日本冒険(下)；出版年：2001/07；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771082/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈8〉日本冒険(下)</a></cite>, p.470] </div>
<p>「ニライカナイ」は、琉球国の首里王府が1531年から1623年にわたって編纂した『おもろさうし』に出てくる概念だが、「ニライ」と「カナイ」は本来別概念で、中国風に対句を形成しているだけである。伝承ではただ「ニライ」と呼ばれる。「カナイ」は、中国の陰陽二元論の影響を受けて、後から付け加えられたものと考えられる。</p>
<p>南西諸島では、「ニライ」は単独で「あの世」を指す。沖永良部島では「ニラ」、喜界島では「ネインヤ」、奄美大島では「ネリヤ」、沖縄本島では「ニルヤ」と呼ばれるが、概念としてはみな同じである。それは、梅原が正しく認識しているように、そして現地の人がそう信じているように、根の下にある国である。</p>
<p>柳田国男は、次のように言っている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480024018/n08-22/ref=nosim" title="Source: 柳田国男全集〈1〉; Author: 柳田 国男; Publication Date: 1989/09; Publisher: 筑摩書房" class="blockquote">
<p>沖縄本島なども多分同じだろうが、ニーラには「非常に遠い」というような語感があると、先島方面の人はいっている。例えば堀井の底の水面が、深い処で幽かに光り、容易につるべの届きそうにもないのを形容して、ニーラサというような表現があるという。それで私はこの語尾のＲ子音は、もと形容詞化のための添付であって、一語の要部はニーすなわち「根」にあるのではないかとも想像している。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[柳田 国男：海上の道，<cite title="著者：柳田 国男；書名：柳田国男全集〈1〉；出版年：1989/09；出版社：筑摩書房"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480024018/n08-22/ref=nosim">柳田国男全集〈1〉</a></cite>, p.98] </div>
<p>柳田の指摘は、ニライが根の国に相当することを示している。そして、根の国は、文字通り、地下にあったと考えることができる。 だから「非常に遠い」と言っても、それは、海の彼方に向かって水平方向に遠く離れているわけではなく、文字通り根が生えている方向に、すなわち垂直方向に遠く離れていると解釈するべきである。だから、ニライは、記紀神話に登場する常世国や根国や黄泉の国と同じ地下世界である。</p>
<p>イザイホーで女が鳥になるという解釈を認めたとしても、それは直ちに「あの世」が天の上にあることを帰結しない。神女は、鳥となることで、太陽の穴（てだがあな）を通って、あの世とこの世を自由に行き来しようとしていたのではないだろうか。</p>
<h2>10. 縄文時代の土偶は何のために作られたのか</h2>
<p>縄文時代にあの世が地下にあったという仮説を検証するには、アイヌ文化と琉球文化を検討するだけでなく、直接縄文時代の出土品を検討する必要がある。</p>
<p>縄文時代の遺跡から発掘される遺物の中で最も宗教的なのが土偶である。世界の他の旧石器時代の遺跡から発掘される偶像と同様に、縄文土偶は、豊満さを強調した女体で、頭は存在しないかもしくは人間的でない。縄文土偶の多くは妊娠していることから、縄文土偶は、豊穣を願う地母神崇拝の証拠とされるのが通例だが、梅原は、この解釈に反対する。</p>
<p>梅原は、</p>
<ol>
<li>縄文土偶には、腹に引き裂かれたような直線を持っているものが多い</li>
<li>少数ではあるが、縄文土偶には、意図的に埋葬されたものがある。</li>
<li>土偶のほとんどは壊されており、五体満足な土偶はほとんどない</li>
</ol>
<p>ということを根拠に、地母神像説を否定する [梅原 猛：<cite title="Source: 梅原猛著作集〈11〉人間の美術; Author: 梅原 猛; Publication Date: 2002/11; Publisher: 小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771112/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈11〉人間の美術</a></cite>, p.98]。</p>
<p>梅原は、福島県で起きた死胎分離埋葬事件を手掛かりに、土偶は妊婦葬送儀礼のための道具だと考える。死胎分離埋葬事件というのは、会津のある村で、懐妊後死亡した母の腹を長男が切って、胎児を摘出して埋葬し、役場に二通の死産届けを出したところ、死体損壊罪として摘発されたという事件である。その後の調査により、この風習は、福島県では昔から広く行われていたことがわかった。</p>
<p>この風習が行われた背景には、死んだ妊婦をそのまま埋めると、胎児の霊が母体から出られなくなり、怨霊としてこの世にとどまるという考えがある。だから、怨霊による祟りを防ぐために、胎児を腹から出して、霊がすぐに生まれ変わるようにするわけである。妊婦と胎児の分離埋葬に際しては、人形が入れられるという習慣がある。そして、梅原は、その人形の起源が縄文土偶だと考える。</p>
<p>たしかに、この解釈なら、なぜ土偶の腹に直線が引かれることがあるのか、なぜ土の中に埋まっている土偶があるかが説明できる。では、土偶が壊されているのは、なぜか。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771112/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈11〉人間の美術; Author: 梅原 猛; Publication Date: 2002/11; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>葬式のときに、日本人は茶碗や道具などいろいろなものを死者に贈るが、この場合、かならず何らかの傷をつける。傷をつけるのは、あの世とこの世とあべこべの世界であるという思想による。この世で完全なものはあの世で壊れる。この世で壊れたものはあの世で完全になる。とすると、壊れた土偶は本来、あの世へと送り届けられるものとしてつくられたのではないだろうか。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈11〉人間の美術；出版年：2002/11；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771112/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈11〉人間の美術</a></cite>, p.107] </div>
<p>縄文人も、アイヌ人と同様に、この世とあの世があべこべの世界と考えていたにちがいない。今でも日本人は、死者の装束（しょうぞく）を、生きている人間の着装とは逆に左前にするが、これも同じ考えに基づいている。</p>
<p>この梅原の着想を、３のみならず１にも応用してみよう。腹に縦の線があるということは、安産を否定する記号である。この世にある縄文土偶は、あの世にいる五体満足で安全に生命を育む地母神とあべこべの関係にあるのだから、縄文土偶は、あの世にいる地母神のこの世における対応物ということにならないか。２についても、土偶が地母神の像だとするならば、それをこの世の土に埋めて、土地の豊穣を願うということは決して理解できないことではない。</p>
<p>縄文土偶は、墓地からではなくて、人々が生活していた場所から出土している［楠戸義昭：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4620313505/n08-22">神と女の古代</a>，33頁］。だから土偶は副葬品ではない。また、もしも梅原が言うように、縄文土偶が最近まで行われていた死胎分離埋葬に使われる人形の起源だとするならば、なぜ土偶が弥生時代から姿を消したのかについての説明が必要となる。私は、土偶が作られなくなったのは、縄文時代の終焉とともに地母神崇拝が衰退したからだと考えている。</p>
<h2>11. 偶は縄文時代のメデューサである</h2>
<p>梅原が注目しない、縄文土偶のもう一つの特徴を指摘しよう。それは、土偶にはいたるところに蛇の形象があるということである。アイヌの民族衣装にも蛇の文様が付いているが、あれは縄文時代の蛇信仰の名残である。</p>
<p>「縄文」という言葉は、もともと、土器に付けられた縄の文様に由来しているのだが、縄文は、その細長い形とウロコのような模様から、蛇の文様ということができる。実際、縄文土器には、写実的な蛇を付けた物もたくさんある。</p>
<p>縄文土偶にも、抽象的な蛇の文様が付いているだけでなく、写実的な蛇が頭でとぐろを巻いているものまである。安田喜憲は、これを「縄文のメデューサ」と名付けている［安田喜憲：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047032107/n08-22">大地母神の時代</a>，101頁］。頭に蛇を持つメデューサは、後に父権宗教によって、恐ろしい化け物にされてしまったが、もともと地中海地方で地母神として崇められていたわけだから、これもまた、縄文土偶が地母神像である根拠の一つである。</p>
<p>古墳時代の「みずら」から、武士の時代の「ちょんまげ」に至るまで、日本人が頭に蛇の形状を連想させる髷（まげ）を結うのは、縄文時代のメデューサの名残だと考えることができる。女性は、必ずしも曲げを結ったわけではないが、これは、長く伸びた髪は、それだけで、蛇を連想させるものだからなのだろう。</p>
<p>縄文時代晩期に作られた土偶の中には、ゴーグルのような大きな丸い眼孔と閉ざされた瞼により一直線となった眼が特徴的な遮光器形土偶がある。その眼は蛇の眼のようにも見える。ちなみに、夜行性の蛇の眼は丸くて大きく、光を当てると、瞳が縦長になる。ただし、遮光器形土偶の眼の線は、縦長ではなく、水平である。それは文字通り水のように平らなのだ。</p>
<p>水のようだといっても蛇のようだといっても、それは縄文人にとっては同じことである。蛇は水の神である。だから、例えば、縄文土器の文様が蛇なのか流れる水なのかといった議論にはあまり意味がない。母なる大地を流れる川のように大地を這うから、蛇は神の化身として信仰されたのである。それゆえ、蛇が崇拝された理由は水が崇拝された理由と同じである。</p>
<h2>12. 異界は鏡像的他者である</h2>
<p>ここでもう一度図２を見て欲しい。あの世は、ちょうど水面に映し出されたこの世のように見えないか。水は、あの世を映し出す鏡であり、だから、縄文人は、鏡としての水に畏敬の念を抱いたはずだ。アイヌ人もまた、鏡や写真を恐れた。江戸末期の頃、武士は写真を撮られると、魂が奪われるといって怖がったが、これもまた、あの世をこの世の鏡像的対応物とする考えに基づいている。</p>
<p>鏡や鏡の働きをするものは、この世とあの世のインターフェイスである。鏡に映し出された自分を見ていると、魂があの世の自分に移ってしまい、この世の自分は、石のような無生物になってしまうかもしれない。西洋の神話でメデューサの眼を見た者が石になると語られたのは、このためだろう。</p>
<p>メデューサの神話とナルシスの神話には、共通のモティーフが見られる。美少年ナルシスが愛したのは、水面に移った鏡像的他者であり、彼は、母の無限の欲望に飲み込まれ、湖に身を投げた。地上に残ったのは、石ではなくて、一輪のスイセンであったが、この違いは重要ではない。ペルセウスは、母の欲望に打ち克ち、メドゥーサの首を切り落とすことで、去勢を自ら成し遂げた。</p>
<p>日本には、次のような「蛇女房」の話がある。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409540521/ref=nosim" title="Source: 竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち; Author: 篠田 知和基; Publication Date: 1997/11; Publisher: 人文書院" class="blockquote">
<p>どこからか来た美しい女が嫁になるが、あるとき昼寝の場面を覗いたら女は蛇になっていた。蛇は見られたことを恥じて山の湖に去ってゆくが、去り際に目玉をくりぬいて、これをしゃぶっているようにと子供に残してゆく。「蛇の目玉」である。話はこの後、その目玉を殿様に召し上げられ、さらにもう一つの目玉まで取られるに及んで、蛇が洪水を起こし、領民一同水の底に消えてゆくと語っている。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[篠田 知和基：<cite title="著者：篠田 知和基；書名：竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち；出版年：1997/11；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409540521/ref=nosim">竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち</a></cite>, p.20] </div>
<p>中国の山東省にも、似たような民話がある [池上 正治：<cite title="著者：池上 正治；書名：龍の百科；出版年：2000/01；出版社：新潮社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106005794/n08-22/ref=nosim">龍の百科</a></cite>, p.191-193]。</p>
<div class="remark">
<p>崔黒子（ツオエヘイツ）という男が、龍の子を見つけて育てたが、大きくなると世話をすることができなくなって、洞窟に連れて行くことになった。崔が皇帝の命令で龍の眼が必要になると、龍は左の目玉を与えて、恩返しをした。この功績で崔は大臣となり、傲慢となり、今度は龍の許可もなく、龍の右目を取ろうとしたところ、龍に呑み込まれてしまった</p>
</div>
<p>蛇ではなくて、竜の話だが、本質的な違いはない。</p>
<p>蛇の目は鏡である。自己を鏡像的他者に置き換える死の抱擁という点で、水面に落ちるナルシスの物語や見る人を石にするメデューサの物語と同じモティーフを有している。蛇には鏡像的他者、つまり母の性格が残っている。</p>
<p>ここで、話を縄文時代の遮光器形土偶に戻そう。あの土偶の一直線になった眼は、風が吹かず、鏡のようになった水面を横から見た形となっている。直線のない丸い眼の土偶もあるが、それは水面を上から見た形である。縄文土偶の眼が大きく描かれ、強調されているのは、そこが、あの世を映し出す鏡だからだと考えられる。</p>
<p>『古事記』に、雄略天皇があの世の鏡像的他者と出会ったことが記されている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096580015/n08-22/n08-22/ref=nosim" title="Source: 新編日本古典文学全集 (1) 古事記; Author: 山口 佳紀 他; Publication Date: 1997/05; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>ある時、天皇は葛城山に登りにお出かけになったが、この時百官の人たちはみな紅の紐を着けた青摺りの衣服を頂戴して着ていた。その時に、その葛城山の向かいの山の裾から、山の上へ登る人がいた。全く天皇の行幸の列にそっくりで、また人々の服装の様子や人数もよく似て区別しがたかった。そこで、天皇がこれを眺め、尋ねさせて、</p>
<p class="indent">このヤマトの国に、私の他に二人と王はいないのに、今誰がこのようにしていくのか。</p>
<p>と言ったところ、直ちに向こうから答えて言った言葉のさまもまた、天皇のお言葉のとおりだった。そこで天皇は大いに怒って矢を弓につがえ、百官の人たちもみな矢をつがえて構えた。すると、向こうの人々も同じくみな矢をつがえて構えた。それで天皇はまた尋ねて、</p>
<p class="indent">そちらの名を名乗れ。そうして、お互いに名を名乗ってから矢を放とう。</p>
<p>と言った。これに対し、相手は答えて、</p>
<p class="indent">私が先に問われたので、まず私から名乗りをしよう。私は悪いことでも一言、善いことでも一言のもとにきっぱり言い放つ神、葛城の一言主の大神である。</p>
<p>と言った。天皇はこれを聞いて恐れかしこまり、</p>
<p class="indent">恐れ多いことです、わが大神よ。私は現身の人間なので、あなたが神であることに気づきませんでした。</p>
<p>と申して、大御刀と弓矢をはじめとして、百官の人たちが着ていた衣服を脱がせ、拝礼して献上した。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：山口 佳紀 他；書名：新編日本古典文学全集 (1) 古事記；出版年：1997/05；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096580015/n08-22/n08-22/ref=nosim">新編日本古典文学全集 (1) 古事記</a></cite>, p.] </div>
<p>雄略天皇が、自分を現身（うつしみ）と言っている。「現す」「移す」「映す」「写す」は、すべて「うつす」と読む同根の語である。あの世の自分が本物で、自分は鏡に映された「写し身」にすぎないと考えられていたのである。</p>
<h2>13. 鏡の語源は何か</h2>
<p>日本人は「鏡（kyang)」を「かがみ」と訓じる。多くの学者は、その語源を「影見（かげみ)」に求めているが、吉野裕子は、 蛇の古語が「カカ」であること、『捜神記』で、蛇の目が大鏡に譬えられていることを手掛かりに、「カガミ」を「蛇目（カカメ）」の転訛と推測している [吉野 裕子：<cite title="Source: 蛇―日本の蛇信仰, p.78-58; Author: 吉野 裕子; Publication Date: 1979/01; Publisher: 法政大学出版局"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4588203215/n08-22/ref=nosim">蛇―日本の蛇信仰</a></cite>, p.84]。吉野はさらに、名前に「カガミ」を含む植物が、すべて蛇そっくりの蔓植物であることを手掛かりに、「カガミ」を「カカ」＋「ミ」、つまり「蛇」＋「身」と も解釈している [吉野 裕子：<cite title="Source: 蛇―日本の蛇信仰, p.78-58; Author: 吉野 裕子; Publication Date: 1979/01; Publisher: 法政大学出版局"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4588203215/n08-22/ref=nosim">蛇―日本の蛇信仰</a></cite>, p.84]。</p>
<p>しかし、「カガミ」の「ミ」は甲類で、「身」の「ミ」、「目」あるいは「眼」の「メ」は乙類だから、この解釈は無理である。『類従名義抄』には、「カヾミル」という訓もあることから、「蛇」＋「見る」と解釈 してはどうだろうか。ちなみに、「見る」の「ミ」は、甲類である。「カヾミル」は、転訛して「カンガミル」（鑑みる）になった。</p>
<p>吉野が指摘するように、古代人にとって蛇の目は鏡であった。そして、鏡像的段階の古代人にとって、「蛇」＋「見る」としての「カヾミル」は、「蛇を見る」でもあり「蛇が見る」でもあった。それは、鏡像的段階の幼児が、母という鏡像的他者を見るとき、同時に母が見る自己を母において見ているのと同様である。原始の日本人は、銅鏡ではなくて、水面を鏡として使っていたはずだ。その時、我々の祖先は、蛇のように身を「カガメ」て、「カガミ」に「カカ」を「ミ」たことだろう。</p>
<h2>14. なぜ蛇崇拝は地母神崇拝なのか</h2>
<p>古代の日本人は、蛇を「カカ」と呼んでいただけでなく、「ハハ」とも呼んでいた [吉野 裕子：<cite title="Source: 山の神―易・五行と日本の原始蛇信仰; Author: 吉野 裕子; Publication Date: 2004/11; Publisher: 人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409590111/n08-22/ref=nosim">山の神―易・五行と日本の原始蛇信仰</a></cite>, p.31]。古代の日本語には、K音とH音の区別がなかったので、両者は同じ言葉である。蛇がハハと呼ばれていたことは、蛇信仰が地母神崇拝であることを示している。</p>
<p>現代の日本人には、「ハハ」とは違って、「カカ」はなじみがないかもしれないが、江戸時代の武士は、今のように「おかあさん」ではなくて、「おかかさま」という呼び名を使っていた。現在では、「嚊天下（かかあでんか）」などに過去の形が残っている。</p>
<p>蛇の呼称としても、今でも、青大将のことを「山カガシ」あるいは「山カカ」と言ったりする。「山ハハ」の方は、「山の神」という意味を保持しつつ、「山姥（やまんば）」に転訛した。</p>
<p>後に母を意味するようになる言葉が、かつて蛇を指す言葉として使われていたことは注目すべきことである。吉野がこの点を指摘しないのは、これは多分、蛇とペニスの形状の類似性から、母には無縁と考えたからだろう。しかし、古代人は、男根期以前の幼児と同様に、ペニスのはえた母、いわゆるファリック・マザーの幻想を抱いており、蛇信仰と地母神崇拝は、まったく矛盾しないのである。</p>
<h2>15. ペニスは胎内回帰のための橋である</h2>
<p>幼児は、なぜ母にペニスがあると信じたがるのだろうか。それは、幼児にとってペニスは、胎内に戻るための橋だからである。フロイトも、Sandor Ferencz の説［Sandor Ferencz：The symbolism of the bridge, International Journal of Psychoanalysis 3:163-168, 1922］に従って、橋を、両親の体をつなぐペニスの象徴であると考えている [フロイト：<cite title="著者：フロイト；書名：フロイト著作集 (1), 精神分析入門（正・続）；出版年：1971/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310011/n08-22/ref=nosim">精神分析入門（続）</a></cite>;<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/"> Gesammelte Werke</a></cite> Bd.15, p.25]。</p>
<p>母と子をつないでいたへその緒という橋が切断された後、男の子は、その代替物を自分のペニスに求め、そして、母にもその鏡像的対応物としてのペニスを想像する。ラカンは、これを想像的ファルスと名付けている。</p>
<p>神話などに登場する橋は、たいがい、川の向こうの対岸や海の向こうの島として表象されるあの世（胎内）へ入るためのペニスである。本節の最初に紹介した「袋の中の鳥」の話でも、袁相と根碩は、石橋を渡って、洞窟の中に入っていった。イザイホーでは、この世とあの世（ニライカナイ）との間に架けられた七つ橋を神女たちが走って渡った。</p>
<p>梅原によれば、橋と走ることには語源的につながりがある。アイヌ語の「パシ」は、「走る」という意味だが、日本語のｈ音は、奈良時代以前の上代ではｐ音で発音されていたので、「ハシ」＝「走る」という等式が成り立つ。アイヌ語の「ラ」は「下」を意味するので、「ハシラ（柱）」は、「下に走る」もしくは「下から走る」のどちらかである。そして、梅原は、この語源分析から、久高島の七つ橋渡りと諏訪の御柱祭りに共通点を見出す。</p>
<h2>16. 諏訪の御柱祭の起源は何か</h2>
<p>日本人は、古くから柱を神聖視してきた。縄文時代の三内丸山遺跡や真脇遺跡などで巨大木柱が発見されたことを考えると、御柱祭のような今に伝わる柱信仰の起源も、縄文時代の信仰にまで遡って求めることができそうだ。実際、御柱祭りが行われる諏訪地方は、縄文文化の中心地だった。そして、梅原は、ここから、縄文時代の人が憧れたあの世は、天の上にあったと主張する。</p>
<p>梅原によれば、御柱祭りの柱は、記紀に記されている、天と地の間にかけられた天の浮き橋に相当し、この橋を通って、神々が「下に走る」もしくは「下から走る」がゆえに、「ハシラ」と呼ばれた。たしかに、記紀の時代には、そう考えられたのだろう。しかし、私は、御柱祭りでの「ハシラ」は、縄文時代には天に登るための柱ではなくて、地下に降るための柱だったと思う。そして、その名残が、御柱祭りのハイライトである木落しとして残っているのではないだろうか。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim" title="Source: 梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上); Author: 梅原 猛; Publication Date: 2001/05; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>「木落し」というのは山の斜面から御柱を落とすのであるが、裸の木に人が馬乗りになり、身体を支える何もない状態で、急斜面を降りるのである。ものすごいスピードで落下する。御柱に乗る男たちはその行方も知れぬ柱に必死でつかまり、振り落とされ、振り落とされたらまた乗り、と危険を繰り返すのである。最後まで御柱に乗っている男は英雄となるが、御柱の下敷きになったり、振り落とされて死ぬものもいる。御柱には死者は付きものである。しかし誰も祭りの残酷さを責めようとはしない。むしろ死人が出ることで祭りは盛り上がり、神はそれを喜び給うているとこの土地の人は思っているかのようである。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[梅原 猛：<cite title="著者：梅原 猛；書名：梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)；出版年：2001/05；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096771074/n08-22/ref=nosim">梅原猛著作集〈7〉日本冒険(上)</a></cite>, p.184] </div>
<p>木落しが建御柱を行う途中で起きる付随的で非本質的なハプニングでないように、死者が出ることも付随的で非本質的なハプニングではない。木落としで死んだ男は、母なる大地に戻る。彼がつかまっている木は、胎内回帰のためのファリック・マザーのペニスである。「はしら」とは、地下にあると縄文時代に信じられていたあの世、黄泉の国に向かって「下へ走る」ことだったと考えることができる。地母神の胎内に回帰するための橋だった柱が、なぜ天に登るための柱になったのかに関しては、また後で次の節で説明することにしよう。</p>
<p>柱が、天上に登るためのではなくて、地下に降るための橋であったことは、かつて日本に存在した「人柱」の習慣を見ればわかる。水害や旱魃といった、暴れる水の神をなだめるために、人間が、生き埋めになったり、水中に沈められた。人柱は、神として崇められた。そのためなのか、日本では、神を数えるとき、一柱、二柱というように、「柱」という単位を使う。</p>]]>
    </content>
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    <title>なぜ竜がいないのに竜宮なのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/dragon.html" />
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    <published>2006-01-27T18:28:01Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:30Z</updated>

    <summary>前節では、かつて、あの世が水中・地下・島・対岸など、地母神の子宮を象徴する場所に存在したこと、そしてその子宮に入るための橋であるペニスが、蛇として観念されていたことを確かめた。読者の中には、竜宮伝説に...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>前節では、かつて、あの世が水中・地下・島・対岸など、地母神の子宮を象徴する場所に存在したこと、そしてその子宮に入るための橋であるペニスが、蛇として観念されていたことを確かめた。読者の中には、竜宮伝説には蛇は登場しないではないかといぶかしむ人もいるかもしれない。たしかに、蛇は登場しない。しかし、蛇に相当する動物が、代替として登場する。その代表が竜である。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 竜とは何か</h2>
<p>中国における竜（龍）、ヨーロッパにおけるドラゴンの語源は何だろうか。ドラゴンは、蛇を意味するギリシャ語、ドラコーンに由来する。竜の甲骨文字は、蛇の原字の頭に辛字形の冠飾を付けた形となっいる。だから、蛇をモデルにした動物である。</p>
<p>しかし、竜やドラゴンは、たんなる蛇ではない。それは、たしかに、爬虫類のような鱗を持ち、胴体は蛇のように長いが、他方で、空を飛ぶ。西洋のドラゴンなどは、鳥のように翼を持つ。ここからわかるように、竜とは、蛇と鳥という二大トーテムを合成した空想上の動物である。アメリカ大陸では、ケツアルコアトルという、羽のはえた蛇が崇拝されていたが、あれも一種の竜だと考えてよい。</p>
<p>中国では、鳳凰が、龍と並んで崇拝されているが、鳳凰も竜と同様に合成獣である。龍が部分的に鳥の蛇であるのに対して、鳳は部分的に蛇の鳥である。中国の龍には、角が生えているが、これは、中国の伝承によれば、雄鶏の角を盗んだものだということになっている。鳳凰は、首の部分が蛇であるとされている。</p>
<h2>2. 日本の空崇拝は海崇拝である</h2>
<p>蛇信仰が純粋な地母神崇拝に基づくのに対して、竜信仰は、母権宗教から父権宗教への移行期に現れる。日本神話は、そうした移行期のコスモロジーに基づいて作られている。国つ神に対する天つ神の優位は、日本文化が父権的であることを示しているように見えるかもしれないが、実は、そうではない。日本文化には今日に至るまで、縄文時代の母権的価値観が色濃く残っている。</p>
<p>例えば、アマテラスは、太陽神のはずなのに、女であり、高天原にいるはずなのに、鎌倉時代に書かれた『通海参詣記』では、蛇だったということになっている。このことは、縄文時代に地母神に仕えていたシャーマン、蛇巫が、弥生時代には太陽神に仕える日巫女（ひみこ）となり、それが後に太陽神と同一視されるようになったからだと推測できる [永井 俊哉：<cite title="Source: 縦横無尽の知的冒険; Author: 永井 俊哉; Publication Date: 2003/07/15; Publisher: プレスプラン"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim">縦横無尽の知的冒険</a></cite>, p.173-183]。</p>
<p>蛇をトーテムとする縄文文化は、弥生時代になって衰えたが、蛇憑きは、最近まで中国地方や四国地方に残っていた。『古事記』は、ヒナガヒメの正体を蛇としているが、これも蛇を地母神とする古い観念の残存であろう。</p>
<p>『記紀』が成立するころには、海崇拝よりも空崇拝の方が強くなった。しかし、日本は、父権宗教のように、地下や海を悪魔の領域とはせずに、空を海の一種とすることで、海崇拝から空崇拝へとスムーズに移行することができた。そのことは、太陽船という観念にみてとることができる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061595458/n08-22/ref=nosim" title="Source: アマテラスの誕生; Author: 筑紫 申真; Publication Date: 2002/05; Publisher: 講談社" class="blockquote">
<p>船がその上に太陽をのせて陸地をめざして訪れるという太陽船の信仰は、東南アジアにひろくみられる信仰であり、そしてまたそれは日本でも古墳時代にはあきらかに信じられていました。そのことは、古墳の壁画にそのような太陽をのせた船、つまり太陽船が描かれていることでわかります。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[筑紫 申真：<cite title="著者：筑紫 申真；書名：アマテラスの誕生；出版年：2002/05；出版社：講談社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061595458/n08-22/ref=nosim">アマテラスの誕生</a></cite>, p.205] </div>
<p>太陽船という観念は、古代エジプトにも存在した。青い空をよぎる太陽は、青い海をよぎって航行する船に乗っているかのようである。</p>
<p>過渡的な地母神崇拝の時代においては、空は第二の海であり、しばしば地母神の胎内と同一視された。このことを、高天原の語源分析で示そう。「たかまがはら」は、タカ＋アマ＋ハラの三つの言葉から成り立っている。このうち、“Ama”は、シュメール語や中国広東語 で「母」を意味し、日本語の「あま（尼・天）」は、そこに由来している。タカを「高貴な」、アマを「母」、ハラを「腹」と解釈するならば、高天原とは、聖母の母胎のことで、高天原からの天孫の降臨とは、ニニギが、聖母の胎内から産まれ落ちたということになる。これは、母なる海から人間が生まれるという母権時代のモデルを九十度回転させただけである。</p>
<h2>3. 天橋立伝説は何を意味するのか</h2>
<p>日本神話においては、この世からあの世への通路は、水平方向でも、垂直方向でも、橋として表象される。『丹後国風土記逸文』には、それを示すこんな件がある。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096580058/n08-22/ref=nosim" title="Source: 新編日本古典文学全集 (5) 風土記; Author: 植垣 節也; Publication Date: 1997/09; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>国をお生みになった大神、イザナギノミコトが、天にお通いになろうとして、橋を建立なさった。それで、アマノハシダテといった。神がお休みになっている間に倒れてしまった。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：植垣 節也；書名：新編日本古典文学全集 (5) 風土記；出版年：1997/09；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096580058/n08-22/ref=nosim">新編日本古典文学全集 (5) 風土記</a></cite>, 丹後国風土記逸文] </div>
<p>天橋立は、京都府宮津湾にある砂嘴で、日本三景の一つとして知られる景勝地であるが、古代の日本人は、この橋を、天と地を結ぶ橋が倒れたものと表象していた。もっとも、実際の順序は逆で、最初に水平方向の現実の橋があって、次に、垂直方向の橋を想像しているわけで、この実際の順序は、現実的な蛇の信仰から想像的な龍の信仰へという思惟の歴史を反映している。</p>
<p>天橋立の景観は「飛龍観」と呼ばれている。股のぞきをすると、海と空が逆転し、天橋立が、空を飛ぶ龍のように見えるからである。実際に股から覗いたわけではないが、天橋立の写真とそれを天地逆にした写真を掲載したので、それをご覧いただきたい。図4は、空が海で、海が空だと思えば、昇竜の写真のように見えないだろか。</p>
<blockquote cite="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%A9%8B%E7%AB%8B" title="Source: 天橋立 - Wikipedia; Accessed Date: 12/11/2005">
<img src="urashima003.jpg" width="275" height="260" /></blockquote>
<div class="caption_bottom">
<p><span class="bold">図3 海中の竜としての天橋立</span> [<cite><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/天橋立">天橋立 - Wikipedia</a></cite>：南側からの天橋立の眺め（飛龍観） 2005年7月24日 nnh撮影] </div>
<blockquote cite="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%A9%8B%E7%AB%8B" title="Source: 天橋立 - Wikipedia; Accessed Date: 12/11/2005">
<img src="urashima004.jpg" width="275" height="260" /></blockquote>
<div class="caption_bottom"><span class="bold">図4 空中を飛ぶ竜としての天橋立</span> [図3を上下逆にしたもの] </div>
<p>天に架かる橋という想像を可能にした自然現象として、虹を挙げることができる。「虹」という漢字は、「蛇」と同様に、「虫」の字が付くが、この「虫」は昆虫という意味ではなくて、本来は、爬虫類の形を模した象形文字である。だから、虹は一種の竜と考えられていたと考えてよい。なお、虹は雄の方で、雌の虹は、霓（本来は、虫偏に兒）と呼ばれていた。甲骨文に「昃（ゆふぐれ）にまた出霓（虫偏に兒）ありて北よりし、河に飮（みづの）めり」とあって、虹が現れるのは、竜が河水を飲みに下る時とされていた［白川静：<cite title="Source: CD-ROM版 字通; Author: ; Publication Date: 2003/08/02; Publisher: 平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000C85L9/n08-22/ref=nosim">字通</a></cite>］。</p>
<p>虹は実体のない橋であり、竜のような幻想のモデルにふさわしい。浦島伝説においても、この世と竜宮とをつなぐ橋は、禁忌を犯すことで、虹のようにあっという間に消え、浦島は竜宮に戻ることができなくなってしまった。</p>
<h2>4. 天橋立伝説と浦島伝説と羽衣伝説を結ぶ線</h2>
<p>ところで、天橋立の話を載せている『丹後国風土記逸文』に、浦島伝説とならんで羽衣伝説が記されているが、これは偶然ではない。羽衣伝説は、中国の七夕伝説の影響を受けたりして、様々なバージョンを生むことになるのだが、典型的には、次のような要素を持つストーリーである。</p>
<ol>
<li>ある男が、水浴びをしている天女を見つけ、近くに脱ぎ捨ててある羽衣を盗んで隠してしまう。</li>
<li>羽衣を見つけられない天女は天に帰ることができず、止むを得ず、羽衣を盗んだ男と結婚する。</li>
<li>その後、男の油断により、天女は羽衣を見つけ、天に戻ってしまう。</li>
<li>男は追いかけるが、天の川の向こうには渡ることができない（七夕的付加）</li>
</ol>
<p>羽衣伝説は、男が彼岸に行く代わりに女が此岸に来るという点で、竜宮伝説の逆になっている。竜宮伝説では、女が積極的に誘ったのに対して、羽衣伝説では、男が強引に女を引き寄せる。だから、羽衣伝説は、竜宮伝説の続きであると解釈すると、わかりやすい。竜宮伝説が、胎内から出てしまって、戻れなくなる話であるのに対して、羽衣伝説は、胎内に戻ろうとして、失敗する話なのである。</p>
<p>羽衣伝説は、後に、鶴女房という民話になり、それはさらに、木下順二が書いた『夕鶴』という演劇で有名になった。鶴女房のあらすじは、以下のようなものである。</p>
<div class="remark">
<p>昔、一人暮らしをしている、ある貧乏な若者が鶴を助けてやった。すると、しばらくして、美しい娘が、その若者の家を訪れ、彼の女房になった。彼女は、機織部屋を作ってもらい、「私が部屋を出てくるまで、絶対に中をのぞかないでください」と言って、その部屋で機を織り、美しい布を織った。若者は、その布を売って、金持ちになった。</p>
<p>ところが、ある日、若者は、なぜ女房が、糸もないのに、機を織ることができるのか不思議に思って、機織部屋を覗いてしまった。すると、部屋の中では、鶴が、自分の羽を嘴で抜いて、機を織っていた。女房は、助けた鶴だったのである。彼女は、「あなたに本当の姿を見られては、もうあなたのおそばにはいられません」と言うと、空へ舞い上がって、二度と戻らなかった。</p>
</div>
<p>これは、かなり浦島太郎物語に近くはないだろうか。羽衣伝説も、竜宮伝説も、仏教的な因果応報の影響を受けたためなのか、後世には、鶴の恩返しや亀の恩返しといった動物報恩譚が付け加えられた。中を覗くなという禁忌とそれを男が破ることによる別離という点でも、似ている。中国版竜宮伝説である「袋の中の鳥」では、袋を開けると、青い鳥が飛んでいくという場面があったが、青い鳥は、青い服を着ていた乙女のことだから、その点では、夕鶴に似ている。</p>
<p>鶴女房の話では、羽衣伝説の天女が鶴という鳥になった。なぜ鶴が選ばれたのだろうか。私は、鶴が蛇のように長い首を持っているからだと思う。西洋の神話では、天女が白鳥であることが多いが、白鳥の首も、蛇のように長い。これらは、いずれも、中国の鳳凰に相当する鳥だ。七夕の牽牛星（アルタイル）と織女星（ベガ）が、はくちょう座を構成しているのも、偶然ではないのかもしれない。</p>
<h2>5. なぜ鶴女房は機を織ったのか</h2>
<p>七夕（しちせき）は、日本では「たなばた」と訓ずるが、「たなばた」は、本来「棚機（棚のように見える横板のついた織機）」であったはずだ。日本の鶴女房も中国の織姫も、機を織っていた。アマテラスも記紀では、機を織っている。機を織るということにはどのような意味があるのだろうか。</p>
<p>機を織ることは、女の伝統的な仕事である。フロイトは、女が衣類を編むのは、ペニス羨望ゆえに、擬似ペニスを作りたがっているからだと説明している。しかし衣類はペニスの形をしていない。むしろ糸をペニスと見立て、織物を母体とするならば、機織機で、糸が織物へと織り込まれていくさまは、川が海に注ぎ込む様子と似ている。</p>
<p>しかしながら、機織姫伝説では、視覚的象徴よりも聴覚的象徴のほうが重要である。鶴女房が機を織る姿を見ることができなくても機を織る音は聞こえていた。また、これとは別に、日本各地に、川や池など水の底で機を織る女性の伝説が残っているが、ここでも、姿は見えず、音だけが聞こえる。</p>
<p>では、機を織る音は、何の象徴なのだろうか。私は、それは、胎内の音の再現ではないかと考えている。胎内音は海の波打つ音に似ている。そして、波の音の周期と、胎内で聞こえる心臓の鼓動の周期と、機織の音の間隔は、ほとんど同じである。</p>
<p>浦島太郎物語では、機織が出てこないが、これは海の寄せ来る波の音が、胎内回帰願望を掻き立てる背景音として十分効果を発揮しているからである。これに対して、川や池など、それがない所では、機織の音で、代替となる背景音を作らなければならない。</p>
<h2>6. 人は胎内振動の再現に共鳴する</h2>
<p>胎児は聴覚が十分発達していないので、胎内音を聞くというよりも、むしろそれを振動として感じたはずだ。私たちの意識は、胎内での体験を忘れているが、私たちの無意識は、今でも胎内の生命のリズムに深く共鳴する。クラブでは、人々は、子宮の中のような暗闇の中で、ビートに合わせて体を揺すり、エクスタシーに酔うが、それは胎内にいた時の記憶が甦るからなのだろう。</p>
<p>フロイトが指摘するように、乳幼児は、身体を機械的に揺すられることに性的興奮を感じる。むずかる赤ちゃんも、ゆりかごに入れて揺り動かしてやると、寝つかせることができる。幼児は、ブランコが好きだし、鉄道で揺られることも好きである。そのため、鉄道の運転手になりたがる少年は少なくない。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310054/n08-22/ref=nosim" title="Source: フロイト著作集 第5巻 性欲論・症例研究 (5); Author: フロイト 他; Publication Date: 1969/01; Publisher: 人文書院" class="blockquote">
<p>少年たちは、鉄道での出来事に、尋常ならざる謎めいた関心を向け、空想が活発になる年頃（思春期の少し前）になると、その出来事をこの上ない性的象徴の核にするのが常である。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第5巻 性欲論・症例研究 (5)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310054/n08-22/ref=nosim">性欲論三篇</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.5, p.103] </div>
<h2>7. 銀河鉄道999のモチーフは胎内回帰願望である</h2>
<p>松本零士の代表作の一つに『<cite title="Source: 銀河鉄道999 (劇場版); Author: ; Publication Date: 2002/10/21; Publisher: 東映ビデオ"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006BSN0/n08-22/ref=nosim">銀河鉄道999</a></cite>』という漫画がある。母を殺した機械伯爵に復讐し、永遠の命を手に入れるため、少年・星野鉄郎が、母そっくりの美女メーテルとともに、銀河鉄道に乗って、銀河の彼方へと旅立つという物語である。</p>
<p>この漫画は、彼が18歳の時、九州からSL機関車で上京した時の体験が元になっている。松本は、当時を振り返って、こう言っている。</p>
<blockquote cite="http://bb-guide.tv/interview/2002/09/10_999/html/int_999.html" title="Source: BBガイド_『銀河鉄道999』記者会見; Accessed Date: 7/6/2005" class="blockquote">
<p>18歳の時に夜汽車に乗って上京した。ところが、血が騒いでいて、なかなか寝付けない。それで一晩中、列車の中で空想に耽っていたわけです。</p>
<p>がら空きの夜汽車の反対側の窓に、幻のような絶世の美女が前を向いて座っている。そういう姿を想像しながら、いつの日か、そんな場面が入ったマンガを描きたい、アニメを作りたいと思っていた。夢がそこで芽生えていた。メーテルの原型も、その時にでき上がっていたのかも知れません。</p>
<p>ぼくはSLに乗って上京した最後の世代。というのも、上京した明くる年、帰郷のために乗った列車はディーゼルに変わっていたので。でも、だからこそ、志を立ててどこかに向かう時には、どうしてもSLでないと具合が悪いと思ったんですね。実は打ち明け話をすると、このシリーズをはじめる時に「新幹線型ではどうか」という話もあったんですね。でも、私は絶対イヤだと。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite><a href="http://bb-guide.tv/interview/2002/09/10_999/html/int_999.html">BBガイド_『銀河鉄道999』記者会見</a></cite>] </div>
<p>窓の向こうに映った美女は、鏡像的他者であり、理想化された母である。ちなみに「メーテル」はギリシャ語で「母」という意味である。少年・星野鉄郎は、もちろん、少年時代の松本である。</p>
<p>松本が興奮して寝ることができなかったのは、彼が汽車に揺られながら胎内回帰の体験をしたからである。胎内で聞く母の心臓の鼓動は蒸気機関車に乗ったときの音とそっくりである。この重厚感あふれるゆっくりとしたテンポの音は、新幹線のせわしい音で代替できない。松本が「絶対イヤ」と言ったのも当然である。</p>
<p>フロイトによれば、汽車に乗って旅に出ることは、死別の象徴である。『<cite title="Source: 銀河鉄道999 (劇場版); Author: ; Publication Date: 2002/10/21; Publisher: 東映ビデオ"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006BSN0/n08-22/ref=nosim">銀河鉄道999</a></cite>』のテーマも死別である。この話の根底にあるのは、《機械的なもの＝無機的なもの》という死んだ状態への回帰であり、フロイト的に言えば、死への欲動である。</p>
<p>人は母と別れ、母へと戻っていく。銀河鉄道の長く伸びた、ペニスの形をした車体は、胎内回帰のための橋である。それは、また、蛇の形にも似ているが、汽車が空を飛ぶという銀河鉄道999の幻想的なシーンは、竜のイメージを表していると言うことができる。</p>
<h2>8. なぜ竜宮なのに亀姫なのか</h2>
<p>話を浦島太郎に戻そう。中国の竜宮伝説には竜女が登場するが、浦島伝説では、竜女の代わりに亀姫が出てくる。現代の浦島太郎物語では、亀と乙姫様は別だが、本来は両者は同一である。琉球諸島に伝わる浦島伝説では、水際に漂う長い髪の毛三本を拾って、持ち主である美女に返してやったところ、お返しとして、竜宮に連れて行ってもらうという筋書になっていて、水中にたゆたう女の長い髪の毛が竜をイメージしているが、竜自体は出てこない。</p>
<p>それでも、亀は、竜や蛇や鳥と同様に、ファリック・マザーのシンボルである。股間から子供の顔が出ている妊婦の姿を想像してみてほしい。それは、亀の姿そっくりである。亀の首は、蛇やペニスに似ている。そして、甲羅は、母体に相当し、その箱のような形状は、子宮を象徴する。浦島太郎は、亀に出会い、亀の甲羅である竜宮へと入っていったのである。</p>
<p>女性が子供を産みたがるのは、欠如したペニスの代替物を子供に求めるからである。股間から産まれる子供は、まさに母にとってのファルスである。そして、母から欲望されることを欲望する子供は、自分が母のファルスとなることを想像する。亀は、この母子相姦的な、ファリック・マザー幻想を象徴する格好の動物なのである。</p>
<p>アイルランドの竜宮伝説では、美しい乙女、ニアヴが馬に乗って現れた。女性が馬に跨っている様を想像してみよう。馬の頭は、女性の股間から生えたペニスのように見えないだろうか。オシーン伝説でも、やはりファリック・マザーが動物のメタファーで表されている。</p>
<p>日本の異類女房譚のもう一つの変種として、蛤女房の話がある。貝は子宮を、蛤の二枚貝が作る割れ目は女陰を、そこから出される舌の足はペニスを表す。蛤が出す粘液糸は、「蛤の蜃気楼」と呼ばれている。蜃気楼の「蜃」の字は、オオハマグリのことで、オオハマグリが吐き出す妖気の中には楼閣が見え、それが竜宮伝説につながったと考えることができる。</p>]]>
    </content>
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    <title>なぜ玉手箱を開けると年を取るのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/eternity.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.307</id>

    <published>2006-01-27T18:36:14Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>浦島太郎が、竜宮から故郷に帰ると、三百余年が経過していた。他の竜宮伝説でも、竜宮では時間の経過が異常に速いと語られることが多い。なぜ、竜宮では、時間が経つのが速いのか。竜宮から出て年をとることは何を意...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>浦島太郎が、竜宮から故郷に帰ると、三百余年が経過していた。他の竜宮伝説でも、竜宮では時間の経過が異常に速いと語られることが多い。なぜ、竜宮では、時間が経つのが速いのか。竜宮から出て年をとることは何を意味しているのか。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 主観的時間のテンポは環境しだいで遅くなる</h2>
<p>浦島太郎が亜光速で飛ぶ宇宙船に乗ったということはありえないので、相対性理論は使えない。同じ観測系に属している以上、物理的客観的時間を変えることはできないが、生理的主観的時間なら変化することはありえる。</p>
<p>生物にとっての主観的な時間は、鼓動間隔で計測される。ゾウのように、大きくて、鼓動間隔が長い動物にとって、主観的時間のテンポは遅いが、ネズミのように、小さくて、鼓動感覚が短い動物にとって、主観的時間のテンポは速い [本川 達雄：<cite title="Source: ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学; Author: 本川 達雄; Publication Date: 1992/08; Publisher: 中央公論社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121010876/n08-22/ref=nosim">ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学</a></cite>, p.6]。</p>
<p>私たちは、リゾートとかで楽しく過ごしている時は、主観的時間のテンポが遅いために、客観的時間の経過が速いと感じ、歯医者で虫歯の治療を受けている時は、主観的時間のテンポが速いために客観的時間の経過が遅いと感じるが、これは、落ち着いている時には、鼓動間隔が長くなり、緊張している時には鼓動間隔が短くなるからだ。</p>
<p>泣いている赤ちゃんに胎内音を聞かせると、泣き止み、やがてすやすやと寝てしまう。私たちは、胎内回帰により至福の時を過ごすならば、主観的時間のテンポが遅くなり、客観的時間の経過が速く感じるにちがいない。</p>
<h2>2. 一日の周期は内的脱同調で長くなる</h2>
<p>日本では、あの国を常世（とこよ）とよぶ。「常」は「常夏（とこなつ）」と言う時の「とこ」で、永久不変という意味であるが、「底（とこ）」と同根の語で、「常世」は、「地底に存在する不老不死の楽土」という意味である。地母神の胎内としての竜宮は、原初的には、洞窟であり、洞窟内では、主観的時間のテンポが遅くなる特殊な理由がある。</p>
<p>私たちは誰でも、洞窟内では、1日をまず25時間にすることが簡単にできる。人間の睡眠周期は、本来約25時間なので、太陽光線を浴びなければ、1日が25時間になる。逆に言えば、私たちは、毎朝太陽光線を浴びることで体内時計をリセットし、無理やり1日を24時間にしているわけだ。</p>
<p>私たちの体内時計が25時間周期であるということは、私たちの祖先が海に住んでいて、潮汐リズムとシンクロナイズしていたことと関係がある［三木成夫，<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900470066/n08-22">海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想</a>，49頁］。地球の自転周期は23.9時間だが、月が地球を公転しているために、月が元の位置に戻るには、24.8時間かかる。このため、潮汐リズムは昼夜リズムより50分長くなる。</p>
<p>私たちは、父なる太陽の周期と母なる海の周期という二つの異質な周期の狭間で生きている。社会でまともに生きている人は、父性原理により母性原理を克服しているが、「ひきこもり」と呼ばれている人たちは、暗い胎内に回帰して、海の周期で生活している。「外に出て働け」と厳しく叱る父とひきこもりの息子をかばう母－よくみかけるこうした家庭の風景は、男性原理と女性原理の葛藤を反映している。</p>
<p>暗闇の中にひきこもり続けていると、1日25時間のサーカディアン・リズム(概日リズム) が、さらにフリーランして、倍の50時間になる内的脱同調が起きる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453216317X/n08-22/ref=nosim" title="Source: 快眠の医学―「眠れない」の謎を解く; Author: 早石 修 他; Publication Date: 2000/03; Publisher: 日本経済新聞社" class="blockquote">
<p>実はこのような実例が時間隔離実験によっていくつも確認されており、概倍日（がいばいじつ）リズム（サーカビディアン・リズム）とよばれている。この場合被験者は、約10時間の睡眠と約40時間の覚醒を繰り返しているが、この異常に長い“一日”を自分では通常の一日としてしか感じていない。このことは被験者の話や食事の回数で知ることができる。時間隔離実験では、被験者は自分が食事の時間だと思ったときに、食べたいだけ食べるのだが、40時間起きていても、被験者は三回しか食事をとらず、その食事の量も通常とまったく変わらないのだ。それでいて体重もほとんど変化しないというのだから、驚きだ。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[早石修，井上昌次郎：<cite title="著者：早石 修 他；書名：快眠の医学―「眠れない」の謎を解く；出版年：2000/03；出版社：日本経済新聞社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453216317X/n08-22/ref=nosim">快眠の医学―「眠れない」の謎を解く</a></cite>, p.26-27] </div>
<p>フリーランがさらに進むと、周期が三倍となり、1日が75時間になる。この世の洞窟内でこれだけ主観的時間のテンポが遅くなるのだから、あの世である竜宮内では、それは想像を絶して遅くなるに違いないと考えられたのだろう。</p>
<p>体内時計のテンポが遅くなった人が、洞窟から出てきて、体内時計を太陽の周期に合わせると、その人の主観的時間のテンポは、もとのテンポから計測すると、つまり竜宮側から見れば、急速に速くなる。浦島が、急に年を取ったことは、そのことを描写している。では、なぜ玉手箱を開けることで、浦島太郎は年をとりはじめたのだろうか。</p>
<h2>3. 玉手箱を開けることは子宮から出ることである</h2>
<p>浦島太郎が、故郷に戻りたいと言った時、亀姫は、玉手箱を持たせて、帰郷させた。玉手箱は、子宮（竜宮）の象徴であり、これを開けることは、子宮（竜宮）から完全に出てしまうことを意味する。浦島太郎は、年をとり、二度と子宮（竜宮）には戻れなくなってしまう。</p>
<p>竜宮が子宮だとするならば、その中にいる浦島太郎が故郷の母に会うためにそこから出て行くということは、矛盾しているようにみえる。しかし、神話を分析する時は、精神分析学者が夢を分析する時と同様に、形式的な矛盾を気にしてはいけない。むしろ、胎内回帰願望とその挫折による母との別離という主題が、二回反復して現れていることに注目したい。</p>
<p>「袋の中の鳥」では、乙女が手渡したのは袋だったが、俗に母親のことを「おふくろ」と言うことからも推測がつくように、袋もまた子宮のメタファーである。この袋を開けると、根碩の魂が体から飛び去って、根碩の体はもぬけの殻になったが、浦島伝説でも、『丹後国風土記』の逸文では、浦島子は、玉匣をあけると、風雲と共に天に飛び去ったということになっている。肉体から霊魂が抜け出ることは、母胎から胎児が抜け出ることを示唆している。</p>
<p>アイルランドの伝説では、オシーンは、馬から下りて、地に足を着けることで、年をとった。私は、馬の首が母のペニスに相当するといったが、オシーンは、常若の国に帰るために必要な、ニアヴとのつながりを失ったのだ。子供は、産まれる時、母のペニスに相当するへその緒を切り、羊水に浮いていた足が地に着くようになる。オシーンもまた、胎内から出ることで、年をとりはじめたのだ。</p>
<h2>4. なぜ鶴が機を織るところを見てはいけないのか</h2>
<p>私は、鶴女房を、竜宮伝説の一種と解釈した。鶴女房は、自分が機を織っているところを見るなといい、男は、その禁忌を破ることで、結婚は破綻する。こうした「見るな」の禁忌は、世界の様々な神話によく登場する。</p>
<p>日本神話の代表例は、トヨタマビメで、夫のホヲリノミコトは、妻トヨタマビメから、見ないでと言われたのにもかかわらず、こっそり出産中の様子を覗いてしてしまう。すると、トヨタマビメノミコトは、『古事記』によると、大きなワニになって、『日本書紀』によれば竜になって、腹ばいになって身をくねらせて動いていた。ホヲリノミコトはそれを見て驚き、恐れ、逃げ去った。</p>
<p>西洋の民話の代表例は、蛇妖精メリュジーヌである。彼女は、土曜日になると下半身が蛇の姿になり、夫がその姿を見たら、永遠に夫と別れねばならないという呪いをかけられていた。メリュジーヌと結婚したレモンダンは、禁忌を破り、下半身が蛇のメリュジーヌを見てしまった。このため、メリュジーヌはレモンダンのもとを離れ、竜となって飛んでいってしまった。</p>
<p>無知の暗闇に留まるということは、胎内に留まるということである。「見るな」という命令は「胎内から出るな」という命令なのである。この命令を無視して、胎内から出てしまうと、真理の光を見ることができるが、同時に母のもとを離れなければならない。</p>
<h2>5. 因幡のしろうさぎは何の話か</h2>
<p>子を胎内における無知の安逸から眼を覚まさせ、母から引き離し、自立させることは、通常、父の役割である。このことを、『古事記』に登場する「因幡のしろうさぎ」で確かめてみよう。</p>
<p>オオアナムジが、泣いている裸のウサギを見つけて、泣いている理由を問うた。すると、ウサギは次のように説明した。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096580015/n08-22/ref=nosim" title="Source: 新編日本古典文学全集 (1) 古事記; Author: 山口 佳紀 他; Publication Date: 1997/05; Publisher: 小学館" class="blockquote">
<p>私は隠岐の島にいて、ここへ渡ろうと思いましたが、渡る方法がありませんでした。そこで、海にいるワニを騙して、こう言いました。</p>
<div class="indent">私とおまえと比べて、一族の多い少ないを数えたいと思う。だから、おまえは自分の一族をいる限り全部連れてきて、この島から気多の岬まで、ずっと並び伏せよ。そうしたら、私がその上を踏んで、走りながら声に出して数えて渡ろう。そうすれば、私の一族とどちらが多いかわかるだろう。</div>
<p>このように言うと、ワニたちが騙されて並び伏したので、私はその上を踏んで、声に出して数えて渡ってきて、今まさに地面に降りようとする時に、私は「おまえたちは私に騙されたのだ」と言ったところ、言い終わった途端、一番端に伏せていたワニが私を捕まえて、私の着物をすべて剥いでしまいました。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：山口 佳紀 他；書名：新編日本古典文学全集 (1) 古事記；出版年：1997/05；出版社：小学館"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4096580015/n08-22/ref=nosim">新編日本古典文学全集 (1) 古事記</a></cite>, p.77] </div>
<p>隠岐の島は、古来、流刑の地である。島は周囲を海に囲まれ、羊水に囲まれた胎児のようである。島流しにするということは、胎内に戻すことを意味するので、象徴的な死刑である。「隠」という字が当てられたのも偶然ではないだろう。</p>
<p>胎内としての他界の島にいた兎は、一列に並んだワニの背の上を飛び跳ねて、気多の岬にまで到着する。ここでワニという動物に注目しよう。トヨタマビメの正体はワニであった。そして、日本神話では、ワニは、蛇や竜と同様に、胎内とこの世をつなぐ橋の象徴である。だから、ワニの列は、母なる海の産道であり、兎は、産道を抜けて、この世に出ようとしたのである。</p>
<p>その時、ウサギは、毛をむしりとられ、裸になった。つまり、素兎（しろうさぎ＝裸のウサギ）になった。これは、禊（みそぎ＝身削ぎ）の儀式である。ミソギは、実際の出産において、赤ちゃんが毳毛やへその緒を削ぎ落とすことに由来している</p>
<p>ウサギは、海水を浴びて風に吹かれるという間違った教えに従い、身体を痛める。そこにオオアナムジが現れ、正しい治療方法を教えられる。ウサギは真理に目覚め、一人前のウサギとなった。ここで、オオアナムジは、父としての役割を果たしている。</p>
<h2>6. 闇から光へのコスモゴニー</h2>
<p>宇宙起源論のことをコスモゴニー（cosmogony）という。世界の多くのコスモゴニーは、闇から光が誕生したと伝えている。</p>
<p>ユダヤ教の『旧約聖書』は、原初の世界を暗い水として描き、父なる神のおかげで光がもたらされたとしているが、このコスモゴニーは他の創世神話でも同じである。バビロニア神話では、太陽神マルドウクと闇のティアマトが戦い、エジプト神話では、太陽神ラーと深淵ヌンに棲み、ラーの航行を妨げる悪蛇アペプとが戦い、ヘシオドスの『神統記』に描かれているギリシャ神話では、光のゼウスと闇のティタンとが闘い、いずれも光が闇に勝利することで、宇宙が始まる。</p>
<p>インドの『リグ・ヴェーダ』でも、原初は水であり、闇であったが、インドラが悪蛇アヒを切り殺した時、世界に光をもたらしたということになっている。中国の創造神、磐古は、暗い混沌の卵から生まれ、その眼を開くと光明の昼がもたらされた。日本の神話では、天の岩宿神話が類似のコスモゴニーである。アイヌの『ユーカラ』には、英雄アイヌラックルが、日の神を閉じ込めていた魔神を切り殺し、人の世を再び明るくしたという神話がある。闇から光へのコスモゴニーは世界中に存在する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314007265/n08-22/ref=nosim" title="Source: 龍の起源; Author: 荒川 紘; Publication Date: 1996/06; Publisher: 紀伊国屋書店" class="blockquote">
<p>旧大陸の古代都市文明だけでなく、新大陸のマヤ文明、ニュージーランド、アフリカ中央部、日本にまで広がりを見せる闇のコスモゴニーを伝播・影響によって説明するのはむずかしい。水のコスモゴニーの全世界的な分布を、農耕文化の拡大に伴い世界各地に広がった祈雨呪術に由来すると考えたのだが、暗黒を水の呪術と結びつける理由は認めがたい。</p>
<p>そうであれば、どこに起源を求めたらよいのか。先に結論を述べれば、闇のコスモゴニーは地域や民族を問わずあらゆる古代人に共通して抱かれていた夜明けの印象に起源する－闇の神話は、人類に普遍的な心性をもとに生まれた、と私は考えるのである。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[荒川 紘：<cite title="著者：荒川 紘；書名：龍の起源；出版年：1996/06；出版社：紀伊国屋書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314007265/n08-22/ref=nosim">龍の起源</a></cite>, p.247] </div>
<p>では、夜明けの前には夕暮れがあるのに、なぜ夕暮れが宇宙の始まりではないのか。太陽暦が採用されている社会では、日の出とともに一日が始まるが、太陰暦が採用されている社会では、日没とともに一日が始まる。多くの社会では、かつて太陰暦を採用していたのだから、日没と月の出現を宇宙の開闢としても良さそうなのに、そうはなっていない。</p>
<p>またこの説明では、水や竜退治というコスモゴニーの他の要素との関係が不明である。私は、創世神話の原光景を人の出産に求めることで、他の要素を含め、もっと包括的にコスモゴニーを説明するべきだと思う。すなわち、始原における暗闇と水は、子宮内の暗さと羊水のことで、水の中の竜は、その形状から分かるように、母胎と胎児をつなぐへその緒で、人は、このへその緒を切ることで、すなわち竜を切り殺すことで、この世に生まれ、この世の光に眼を開く。</p>
<p>浦島太郎は、竜宮という子宮から出て、真実を知る。玉手箱を開けるという第二の子宮脱出により、さらに真実を知る。こうして、浦島太郎は、そして読者は、胎内回帰が幻想にすぎないことを思い知らされるわけだ。</p>]]>
    </content>
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    <title>父権宗教による去勢</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/castration.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.308</id>

    <published>2006-01-28T03:26:47Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>子供が成長するにつれ、関心が母から父へと移っていくように、人類もまた、文明時代になると、地母神に代わって天父神を崇拝するようになる。かつて地下や海にあった理想郷としての地母神の子宮は、地獄へと貶められ...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>子供が成長するにつれ、関心が母から父へと移っていくように、人類もまた、文明時代になると、地母神に代わって天父神を崇拝するようになる。かつて地下や海にあった理想郷としての地母神の子宮は、地獄へと貶められ、理想郷は、天国に求められるようになる。母なるものへのノスタルジックな思いは、抑圧され、忘れ去られていく。このため、今では、竜宮伝説の解釈は難しくなっているわけだ。この章では、その抑圧と忘却のプロセスを歴史的に確認する。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 父権宗教とは何か</h2>
<p>父権宗教は、人類が文明時代に突入し、母なる自然から乳離れをする過程で現れた。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ゾロアスター教、マニ教、仏教などが父権宗教の有名な例である。</p>
<p>母権宗教が、多神教的で、偶像崇拝、動物神崇拝を特徴とする自然宗教であるのに対して、父権宗教は、一神教で、偶像崇拝を禁止し、人格神を崇拝する理性宗教である。もっとも、キリスト教は純粋に一神教ではないし、仏教には神がいない。キリスト教も仏教も、もともとは偶像崇拝を認めないが、後世は妥協している。だから、これらは、重要な特徴ではない。</p>
<p>父権宗教で最も重要な特徴は、去勢の宗教である、つまり、信者に禁欲と試練を強いるという点にある。母権宗教においては、信者は、まるで母におねだりする幼児のように、神に対して現世利益を要求する。しかし、父権宗教では、人間が神に要求するのではなくて、逆に神が人間に要求する。母なる神が豊穣を与えてくれるのに対して、父なる神は苦難を与える。そして、この苦難のおかげで、人類は、自然に甘える存在から、自然を克服する存在へと成長する。</p>
<p>父権宗教は、来世での幸福を約束してくれるが、現世での幸福は約束しない。もちろん、信者にとってありがたい奇跡を起こしてくれることはある。しかし、それは疑い深い信者に神の威光を見せつけるためであって、決してそれが信仰の目的となることはない。この点で現世利益を目的とする母権的宗教の呪術と父権宗教的な奇跡は異なる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797670568/n08-22/ref=nosim" title="Source: 日本人のためのイスラム原論; Author: 小室 直樹; Publication Date: 2002/03; Publisher: 集英社インターナショナル" class="blockquote">
<p>キリスト教やイスラム教はもちろんのこと、仏教や儒教でも呪術は本来厳禁である。神様、仏様に何かをお願いするなんて認めていない。そうした呪術から決別したからこそ、これら諸宗はみな世界宗教になれた。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[小室 直樹：<cite title="著者：小室 直樹；書名：日本人のためのイスラム原論；出版年：2002/03；出版社：集英社インターナショナル"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797670568/n08-22/ref=nosim">日本人のためのイスラム原論</a></cite>, p.207] </div>
<p>小室は、呪術と奇跡の違いを次のように説明する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797670568/n08-22/ref=nosim" title="Source: 日本人のためのイスラム原論; Author: 小室 直樹; Publication Date: 2002/03; Publisher: 集英社インターナショナル" class="blockquote">
<p>呪術医の場合、もし病気が治ったら「これは自分の功績だ」と主張する。</p>
<p>しかし経典宗教の預言者は、そうは言わない。「奇跡は神の力によるものである」と説明する。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[小室 直樹：<cite title="著者：小室 直樹；書名：日本人のためのイスラム原論；出版年：2002/03；出版社：集英社インターナショナル"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797670568/n08-22/ref=nosim">日本人のためのイスラム原論</a></cite>, p.220] </div>
<p>呪術医は、新興宗教の教祖が時々やるように、自らを神と称する場合は別として、通常は、神の力を借りて病気を治す。だから、クライアントから謝礼をもらうものの、近代医のように、自分だけの功績だとは考えない。重要な違いは、むしろ現世利益が信仰の目的になるのか、たんなる験（しるし）にすぎないのかというところにある。</p>
<h2>2. 父権宗教はいつ現れたのか</h2>
<p>父権宗教誕生のピークは、紀元前六世紀から五世紀にかけての枢軸時代と呼ばれる時代である。この時期、ザラスシュトラ（紀元前628-551）によるゾロアスター教の創唱、バビロン捕囚を契機としたユダヤ教の誕生（紀元前586）、孔子（紀元前551-479）による儒教の成立、ガウタマ（紀元前463-383年）による仏教の創設、プラトン（紀元前427-347）によるイデア論の提唱など、世界同時多発的に精神革命が起きた[Karl Jaspers：<cite title="著者：Karl Jaspers；書名：Vom Ursprung und Ziel der Geschichte.；出版年：1994/02；出版社：Piper, Mchn."><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3492102980/n08-22/ref=nosim">Vom Ursprung und Ziel der Geschichte.</a></cite>, p.20] 。</p>
<p>ユダヤ教には先駆者がいる。エジプト第18王朝のアメンホテプ（紀元前1375-1358年）は、日輪の神アトンを唯一神とする新宗教を創設した。ゾロアスター教でも、根本経典『アヴェスター』の最古層に当たるガーサーが成立したのは、その頃である。紀元前1400年頃、エーゲ海のテラ島（サントリニ島）の火山が大爆発が起こし、その噴煙で太陽光が遮られ、気候が寒冷化して、大飢饉になったにちがいない。そして、これが、父権宗教成立のきっかけになったと考えることができる。</p>
<p>枢軸時代もまた、気候が寒冷化した時期に相当する。母なる自然が冷たくなることで、子供である人類は、母から離れることになった。父親のいない母子家庭でも、乳離れは成される。去勢を迫る母は、神話では歯の生えたヴァギナ（Vagina Dentata）として表象される。しかし、普通、去勢は父の役割であり、だから、人々に試練を課す、父なる神の想定が必要になる。</p>
<h2>3. 聖書における竜退治は何を意味するのか</h2>
<p>去勢は竜退治として神話に登場する。『旧約聖書』には、神が「レビヤタン」あるいは「ラハブ」と呼ばれている海の怪獣を退治する場面か数回出てくる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim" title="Source: 聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき; Author: 共同訳聖書実行委員会 他; Publication Date: 1998/01; Publisher: 日本聖書協会" class="blockquote">
<p>［…］主は、厳しく、大きく、強い剣をもって逃げる蛇レビヤタン、曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し、また海にいる竜を殺される。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：共同訳聖書実行委員会 他；書名：聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき；出版年：1998/01；出版社：日本聖書協会"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim">聖書</a></cite>, イザヤ書，27:01] </div>
<p>レビヤタンやラハブは、バビロニア神話に登場する、上半身は女性、下半身が蛇の姿をした原初の地母神、ティアマトに相当する。海は、もちろん、羊水を表している。父なる神が、蛇あるいは竜を切るということは、ファリック・マザーのペニスを切断すること、すなわち去勢を意味している。</p>
<p>『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」では、天使ミカエルが、悪魔である竜と戦い、勝利するという場面が登場する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim" title="Source: 聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき; Author: 共同訳聖書実行委員会 他; Publication Date: 1998/01; Publisher: 日本聖書協会" class="blockquote">
<p>天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた 。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：共同訳聖書実行委員会 他；書名：聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき；出版年：1998/01；出版社：日本聖書協会"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim">聖書</a></cite>, ヨハネの黙示録，12:07-09] </div>
<p>今度は海の中の竜ではなくて、天使のように空を飛ぶ竜である。しかし、ミカエルとの戦いに敗れることで、竜は堕天使として地に落ちる。</p>
<p>父権宗教は、去勢を強いる宗教である。このことを、キリスト教、イスラム教、仏教という世界三大宗教と呼ばれる代表的な父権宗教の分析を通じて、明らかにしていきたい。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>キリスト教による去勢</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/christianity.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.309</id>

    <published>2006-01-28T04:40:41Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>キリスト教は、ユダヤ教から去勢宗教としての基本的性格を受け継いでいるが、瑣末な戒律がないとか、選民思想しかしがないとか、ユダヤ教とは異なる側面をも持つが、最大の相違点は、イエスという神の子が、処刑され...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>キリスト教は、ユダヤ教から去勢宗教としての基本的性格を受け継いでいるが、瑣末な戒律がないとか、選民思想しかしがないとか、ユダヤ教とは異なる側面をも持つが、最大の相違点は、イエスという神の子が、処刑されることで、ファルス的存在となることである。キリスト教のこの特殊性は、十字架がキリスト教の象徴となっているところに表れている。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. なぜ十字架はキリスト教の象徴なのか</h2>
<p>十字架がキリスト教の象徴であるということは、常識的に考えると奇妙である。敵対する異教徒の中には、「彼らは、彼らに値するもの（死刑）を拝んでいる」と皮肉る人もいるが、教祖であるイエスを死に追いやった忌まわしい処刑の道具を、キリスト教の象徴として崇拝するということは、考えてみれば不思議なことである。</p>
<p>ちなみに、イスラム教のシンボルは三日月だが、これは、ムハンマドが最初に啓示を受けた時、下弦の月（陰暦で26日か27日）であったことに由来する。キリスト教も、キリストが生まれたときとか、キリストが最初に布教したときを連想させる記号をシンボルにすれば、常識的にわかりやすいのに、なぜ処刑を連想させる記号を象徴に使うのか。</p>
<p>実際のところ、イエスが磔にされた処刑台は、Ｔ字型の十字架で、十字型の十字架ではなかったのだから、「イエスが十字型の十字架で死んだから、十字架はキリスト教の象徴になった」という説明は成り立たず、むしろ逆に、「十字架がキリスト教の象徴になったから、イエスは十字型の十字架で死んだという伝説が生まれた」という方が真相に近い。</p>
<p>では、なぜ十字架が、キリスト教の象徴になったのか、改めて問わなければならない。そして、この問いに答えることで、キリスト教が、去勢宗教であることが明らかになる。</p>
<h2>2. コンスタンティヌスはなぜ公認したのか</h2>
<p>十字架がキリスト教の視覚的象徴になったのは、イエスが死んでから300年ほどたってからである。よく知られているとおり、キリスト教は、ローマ帝国では長らく迫害されていたが、313年にコンスタンティヌス1世（Flavius Valerius Constantinus － 以下、コンスタンティヌスと記す）によって公認され、後に国教にまでなった。十字架が視覚的象徴として認知され始めたのも、『新約聖書』が現在の形で成立したのも、キリスト教の基本的な教義が決まったのもこの頃である。どうやら、コンスタンティヌスに謎を解く手掛かりがありそうだ。</p>
<p>コンスタンティヌスは、ローマ帝国の西方副帝コンスタンティウスの子供で、母親がキリスト教徒ということもあって、もともと歴代皇帝と比べるとキリスト教には寛大だったが、彼自身は、キリスト教徒ではなかった。転機が訪れたのは、西方正帝マクセンティウスとの覇権争いの時だった。それ以前に信じていた宗教から身の破滅を予言され、無神論者になりかけていたコンスタンティヌスは、PとXを組み合わせたモノグラムの夢（一説によると白昼夢）を見て、これを新たな神の啓示と受け取り、そのモノグラムを兵士の盾に描かせたと伝えられている。</p>
<img src="urashima005.png" /><div class="caption_bottom">
<div class="bold">図5 PとXを組み合わせたモノグラム</div>
</div>
<p>このモノグラムは、キリストに相当するギリシャ語クリストス（<span class="western">χριστο?</span>）の最初の二文字であるカイとローを組み合わせたもので、キリスト教を象徴する記号だった。ローは、ラテン文字のRに相当するのだが、ギリシャ文字の大文字は、ラテン文字のPと形が同じである。だから、コンスタンティヌスのようなラテン文化圏の人には、キリスト教のモノグラムは、PとXの組み合わせに見えたはずだ。 </p>
<p>コンスタンティヌスが夢に見たこの記号が、いかなる願望の隠喩であったかは、精神分析学的に興味のあるテーマである。キリスト教のモノグラムは、ファルス（phallus）あるいはペニス（penis）の頭文字であり、絵文字的には、睾丸の付いたペニスを横から見た形に似ている“P”にバツ印をつけた記号とも解釈できる。コンスタンティヌスにとって、それは去勢を意味する記号だったのではないだろうか。</p>
<p>去勢の記号としてのＸは、処刑台としてはラテン語で“crux decussata”と呼ばれていた。“crux”は、拷問用の柱の意味で、“I”字型の単純な柱に受刑者を磔にすることもあり、それは“crux simplex”と呼ばれた。“decussata”は、「切り倒す」という意味の動詞“decutere”の過去分詞形である。だから“crux decussata”は「切り倒された柱」という意味になるのだが、これは、去勢されたペニスという意味にも取れる。</p>
<p>実は、キリスト教は、十字架をシンボルとして採用するまでは、図6のような魚の記号を使っていた。</p>
<img src="urashima006.png" /><div class="caption_bottom">
<div class="bold">図6 かつてキリスト教を象徴した魚の記号</div>
［<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Ichthys">Ichthys - Wikipedia, the free encyclopedia</a>］</div>
<p class="clear_both">ローマ帝国では、この魚の記号は、古くから女神の女陰を表す記号として使われていた。たしかに、そういう形にも見える。なぜ、これがキリスト教の記号にもなったのかに関しては諸説があるが、「イエス、キリスト、神の子、救い主」という意味のギリシャ語“<span class="western">Iησοu? Χριστo? Θεοu Υιo? Σωτηρ</span>”の頭文字を集めると、ギリシア語で「魚」を意味する“<span class="western" lang="grc" xml:lang="grc">ΙΧΘΥΣ</span>”になるからだと言う人もいる。キリスト教会は、これには女性性器の意味はないと主張しているが、キリスト教のシンボルが、建前の説明とは別に、絵文字的には、去勢した跡を意味する女陰の記号であったことは興味深い。</p>
<p>コンスタンティヌスが去勢の夢を見たのは、彼が、母のファルスとなって胎内回帰する、つまり死ぬことを拒否し、不退転の決意で戦いに望みたいという願望とともに、ファルスを持った父、すなわち皇帝になりたいという野心を持っていたからであると解釈することができる。この解釈については、後で、詳しく取り上げることにしよう。</p>
<p>その後、コンスタンティヌス軍は、数の上では圧倒的に劣勢だったにもかかわらず、マクセンティウス軍をミルヴィオ橋の戦いで破り、最終的に、コンスタンティヌスは、分裂していたローマ帝国を再統一して、ローマ皇帝となることができた。かくして、コンスタンティヌスは、キリストの神に感謝して、キリスト教を公認し、その後、キリスト教は、帝国内で急速に普及した [<cite title="Source: Merriam-Webster's Encyclopedia of World Religions; Author: Inc. Merriam-Webster 他; Publication Date: 1999/09; Publisher: Merriam Webster"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0877790442/n08-22/ref=nosim">Merriam-Webster's Encyclopedia of World Religions</a></cite>, p.270]。</p>
<p>ローマ帝国では、長い間、十字架による磔刑が、死刑の方法として採用されてきたが、コンスタンティヌスは、これを廃し、絞首刑を採用した。ここからも、コンスタンティヌスが十字架に聖なる意味を見出していたことがわかる。328年に、コンスタンティヌスの母ヘレナは、エルサレムで聖十字架を発見し、その後、十字架に対する信仰が始まった。</p>
<p>こうした歴史的経緯を考えるならば、十字架がキリスト教の象徴になった背景には、イエスが十字架で死んだからという以上の理由があるようだ。去勢の記号“Ｘ”は、イエスが死んだＴ字型の十字架と結びついて、十字型の十字架になったと考えられる。キリスト教を、人類史の男根期に現れた去勢コンプレックスの宗教と位置付けるならば、なぜ十字架がキリスト教のシンボルとして選ばれることになったのかを理解することができる。</p>
<h2>3. 三位一体の記号としての十字架</h2>
<p>コンスタンティヌスは、325年にニケア公会議を開き、父なる神と子なるイエスと聖霊は全く異なるとするアリウス派を異端として追放し、三位一体の教義を確立した皇帝としても知られている。三位一体とは、神にして人という両義性を帯びたイエスが、神と人の媒介となり、そしてイエスが処刑される、つまり媒介が消去（去勢）されることで、神と人とが一体となる（聖霊降臨）という教義である。</p>
<p>私は、『縦横無尽の知的冒険』で次のように三位一体を説明した。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim" title="Source: 縦横無尽の知的冒険; Author: 永井 俊哉; Publication Date: 2003/07/15; Publisher: プレスプラン" class="blockquote">
<p>弁証法的論理学とは、プロセスの論理学である。例えば、ある子供が「パンダ」という言葉を覚えるプロセスをたどってみよう。動物園で子供にパンダを見せて、「ほら、あれがパンダだよ」と言っても、その子供がパンダの本質を理解するとは限らない。子供が最初に見たパンダは、たまたま昼寝中で動いていないかもしれないし、たまたま痩せているかもしれない。その結果、その子供は、おにぎりを指差して「パンダ！」と言うかもしれないし、白と黒のぶち犬を見て「パンダ！」と叫ぶかもしれない。</p>
<p>イエス・キリストが布教活動をした時にも、人々はキリスト教を正しく理解しなかった。イエスのもとに集まった人たちは、彼が、病気を治したり、水をぶどう酒にしたりといった奇蹟により、自分たちの世俗的な欲望を満たしてくれることをもっぱら期待した。人々は、イエスの教えの本質を理解しなかったのだ。イエスが、十字架での処刑で、受肉した特殊な存在様態を抹殺して初めて、人々はキリスト教の本質を理解した、つまり聖霊という普遍が個々の人々の魂に降臨した。</p>
<p>同様に、子供がパンダの本質を理解するには、つまり、おにぎりやぶち犬をパンダと誤解しないようにするためには、最初に見たパンダから非本質的な特殊性を抹殺しなければならない。この特殊の抹殺を通して初めて、全パンダの個体にパンダの普遍的本質が降臨する。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[永井 俊哉：<cite title="著者：永井 俊哉；書名：縦横無尽の知的冒険；出版年：2003/07/15；出版社：プレスプラン"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim">縦横無尽の知的冒険</a></cite>, p.100-101] </div>
<p>カトリックでもギリシャ正教でも、キリスト教徒は、よく指を使って十字を描くが、その際、指は親指・人差し指・中指の三指を伸ばし、他の二本を折り曲げることで、三位一体を表す。このことは、十字を描くことと三位一体の教義には密接な関係があることを示している。</p>
<p>十字を描く時、手を、まず上から下へ、次に、カトリックでは左から右へ、ギリシャ正教では右から左へと動かす。どちらの場合でも、上から下に引かれる線は、天上の神と地上の信者を結び付ける媒介的な線、つまりイエスを表し、それに横線を引くことは、イエスの抹殺を表す。キリスト教徒は、十字を切ることで、イエスというファルス的存在を去勢するキリスト教の原点を反復し、神と人との一体を確認している。</p>
<h2>4. いつから十字架の死が重要になったのか</h2>
<p>十字架での死を、避けるべき不幸としてではなく、キリストが初めから計画していた、キリスト教の本質を成す出来事と解釈したのは、パウロが最初である。私は、十字架がキリスト教の視覚的象徴になったきっかけとして、コンスタンティヌスの体験を重視したが、その前に、パウロが十字架を重視する解釈をしていたことが忘れられてはならない。</p>
<p>パウロは、ユダヤ教やギリシャ哲学とキリスト教との違いをこう説明する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim" title="Source: 聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき; Author: 共同訳聖書実行委員会 他; Publication Date: 1998/01; Publisher: 日本聖書協会" class="blockquote">
<p>ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、<br />
わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、<br />
ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：共同訳聖書実行委員会 他；書名：聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき；出版年：1998/01；出版社：日本聖書協会"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim">聖書</a></cite>, コリントの信徒への手紙１, 01:22-24] </div>
<p>ユダヤ人は、奇跡を求め、ギリシャ人は、真理を求める。これに対して、パウロは、そうした欲望に×を付け、否定する。だから、十字架とは去勢の記号なのである。</p>
<p>もちろん、ユダヤ教も父権的宗教であり、去勢の宗教なのだが、キリスト教の去勢は、仏教の無の思想に近い。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim" title="Source: 聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき; Author: 共同訳聖書実行委員会 他; Publication Date: 1998/01; Publisher: 日本聖書協会" class="blockquote">
<p>主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。<br />
それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：共同訳聖書実行委員会 他；書名：聖書―新共同訳 旧約聖書続編つき；出版年：1998/01；出版社：日本聖書協会"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820212052/n08-22/ref=nosim">聖書</a></cite>, コリントの信徒への手紙２，12:09-10] </div>
<p>パウロが説く十字架の逆説は、仏陀の解脱の考えに近いのではないだろうか。欲望を力で満たすのではなく、欲望を断念し、自発的に去勢することは、弱さではあるが、その弱さこそ、真の強さである。キリスト教の去勢は、仏教ほど自発的でないし、神を想定しているという点で、無の思想というよりも有の思想であるが、両者は、去勢の宗教という点で父権宗教の性質を共有している。仏教については、また第三節で取り上げることにして、去勢とは何かについて、もう少し詳しく論じよう。</p>
<h2>5. 去勢がファルス崇拝をもたらす</h2>
<p>去勢とは、ラカンの用語を使うなら、想像的ファルスの象徴的欠如である。子供は、母にファルスが欠如していることに気が付き、母の想像上のファルスとなることで母の欲望を満たすことを欲望する。他方で、ペニス羨望を持つ母も、子供をそうした想像的ファルスとして所有することを欲望する。</p>
<p>この母子相姦関係は、鏡像的段階のナルシシズムの延長上にある。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414403286/n08-22/ref=nosim" title="Source: 負のラカン―精神分析と能記の存在論; Author: 石田 浩之; Publication Date: 1992/04; Publisher: 誠信書房" class="blockquote">
<p>近親相姦、ナルシシズム、母親の男根（ファルス）であることは、もしそれが実現すれば、そこでそっくりすべての欲望が終末に達し、何も欲望せず、何も他者に訴えず、そもそも言葉を使う必要がなくなることを意味する。これは人間にとっての一種の死である（ナルシス神話、鏡像段階の袋小路）。したがって、母親と子供の死の抱擁を妨げ、この想像的融合を断ち切る作用をするものが父の名なのである</p>
</blockquote>
<div class="cite">[石田 浩之：<cite title="著者：石田 浩之；書名：負のラカン―精神分析と能記の存在論；出版年：1992/04；出版社：誠信書房"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414403286/n08-22/ref=nosim">負のラカン―精神分析と能記の存在論</a></cite>, p.149] </div>
<p>父の名（Nom du P&ecirc;re）とは、父から発せられる否（Non du P&ecirc;re）でもあり、想像的ファルスによる母子相姦を禁止する。去勢といっても、文字通り息子のペニスを切り取るわけではない。想像的ファルスが象徴的に欠如するだけである。欠如（する）を意味する英語の“want”が同時に欲望（する）という意味を持つことからわかるように、去勢によって作られる欠如が、欠如を埋めようとする欲望を可能にする。 </p>
<p>欲望は常に欠如に向けられており、欠如を埋める相手を求めている。だから、性感帯は、身体の縁にある［Jacques Lacan：<a href="http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/2020380536/f-21">Ecrits tome 2</a>, p.298；<a href="http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/2020027526/f-21">Ecrits</a>, pp.817-818］。性交において互いに触れ合うペニスと膣、キスにおいて互いに触れ合う唇や舌、授乳において互いに触れ合う乳首と乳児の口唇、排泄において触れ合う肛門と糞あるいは尿道と尿、視線が出入りする瞼の裂け目、声が出入りする耳たぶや口、これら性感帯に当たる身体の縁は、自分の身体に属すると同時に属さない両義的な性格を帯びる。 </p>
<p>社会システムの境界に侵入する両義的存在者が、センセーションを巻き起こすように、身体システムの境界に侵入する両義的存在者は、エロティシズムを惹き起こすが、社会システムの秩序の体現者が、境界上の両義的存在者をスケープゴートとして排除するように、父は去勢により性的享楽を禁止する。</p>
<p>イエスも、いろいろな意味で、境界上の両義的存在者だった。神であると同時に人でもあり、ユダヤ教徒であると同時にユダヤ教徒ではなく、ローマ帝国の内部に存在すると同時に外部に存在した。その両義性ゆえに、スケープゴートとして、屠られることになる。キリスト教徒たちは、イエスを失うという去勢体験を経て初めて、イエスが自分たちのファルスであることに気が付いた。</p>
<p>去勢によってぽっかり空いた穴を、ラカンは対象ａと名付ける。対象ａは、欠如を埋めようとする欲動を惹き起こす。人々は、イエスの亡骸がなくなったことに気がつくと、聖十字架、聖釘、聖槍、聖杯、聖顔布、聖骸布といったイエスの欠如の痕跡を残す聖遺物を、対象ａとして、追い求めた。特にヒトラーは、聖槍を手に入れれば世界を征服できるということで、ペニスと形状が似ているその聖遺物を渇望した。 </p>
<h2>6. なぜコンスタンティヌスは去勢の夢を見たのか</h2>
<p>話をコンスタンティヌスに戻し、なぜ彼がが去勢の夢ないし白昼夢を見たのかを考えよう。フロイトによれば、人が夢を見るのは、願望を充足しようとするためである。同じことは白昼夢についても言える。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310011/n08-22/ref=nosim" title="Source: フロイト著作集 (1)，精神分析入門（正・続）; Author: フロイト; Publication Date: 1971/01; Publisher: 人文書院" class="blockquote">
<p>これらの空想の内容は、非常にはっきりした動機付けによって支配される。白昼夢は、その人の利己的な野心と権力の欲求やエロティックな願望を満足させる情景や出来事なのだ。若い男では、たいがい野心的な空想が、恋の成就に野心をかけている女たちではエロティックな空想が抜きん出ている。しかし、男においてもしばしばエロティックな欲望が背景にはっきり現れる。すべての英雄的な行動と成功も、もっぱら女性たちの賞賛と好意を得ることを目指している。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[フロイト：<cite title="著者：フロイト；書名：フロイト著作集 (1), 精神分析入門（正・続）；出版年：1971/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310011/n08-22/ref=nosim">精神分析入門（正）</a></cite>;<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/"> Gesammelte Werke</a></cite> Bd.11, p.95] </div>
<p>男の場合、権力欲も性欲も男性ホルモンであるテストステロンの成せる業である。コンスタンティヌスは、権力への強い欲望を持っていたが、それは、女性にもてたいという欲望と同じであり、したがって、権力は、女性たちの欲望の対象であるペニスによって象徴される。当時、彼の軍は劣勢で、彼の野望は否定されようとしていた。それが、ペニスであるところのＰにＸ（バツ）が付けられていた理由である。</p>
<p>ファルスは、去勢されることで、かえって欲望の対象になる。結局、コンスタンティヌスは、ローマ皇帝という象徴的ファルスとなることができたわけだが、それと同時に、イエス・キリストも真に普遍的なファルスとなることができた。</p>
<h2>7. スケープゴートからファルスへの反転</h2>
<p>去勢されたファルスは、去勢されたことで無になるわけだが、それは、たんなる無であってはならず、普遍的な無でなければならない。去勢されたファルスは、ラカンのマテームでは、大文字の他者Ａ（例えば、子供にとっての母）における欠如のシニフィアンＳとして、Ｓ(<strike>Ａ</strike>)と記される。ラカン研究者のリチャードソンとマラーは</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0823681297/n08-22/ref=nosim" title="Source: Lacan and Language: A Reader's Guide to Ecrits; Author: John P. Muller 他; Publication Date: 1994/06/01; Publisher: Intl Universities Pr Inc" class="blockquote">
<p>Ｓ(<strike>Ａ</strike>)は、数学の集合論における空集合、つまり一つも要素を含まない集合である</p>
</blockquote>
<div class="cite">[John P. Muller ＆ William J. Richardson：<cite title="著者：John P. Muller 他；書名：Lacan and Language: A Reader's Guide to Ecrits；出版年：1994/06/01；出版社：Intl Universities Pr Inc"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0823681297/n08-22/ref=nosim">Lacan and Language: A Reader's Guide to Ecrits</a></cite>, p.409] </div>
<p>と言うが、これはどう解釈したらよいだろうか。</p>
<p>空集合は、{０}ではなくて、{φ}と記される。“０”は、ぽっかりと開いた穴の形をしていて、空を表すが、“１”や“２”と同様に、要素の一つとして扱われるので、{０}は空集合ではない。空集合であるためには、“０”から、数字としての特殊性を抹殺しなければならない。斜線は、その抹殺を意味する記号であると解釈できる。この空集合を表す記号は、ファルスのギリシャ語（<span class="western">φαλλο?</span>）の頭文字と同じである [姉歯一彦：優しい類人猿小出 浩之，<cite title="Source: ラカンと臨床問題; Author: 小出 浩之; Publication Date: 1990/01; Publisher: 弘文堂"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4335650728/n08-22/ref=nosim">ラカンと臨床問題</a></cite>, p.212]。イエスもまた、処刑されることで、肉的存在という特殊性を抹殺して、ファルスとして普遍的な存在となった。</p>
<h2>8. 十字架が登場する竜宮伝説</h2>
<p>キリスト教が普及するにつれて、かつては神聖だった地下の世界は、恐怖に満ちた地獄へと、トーテムとして崇拝された動物は、人間以下の野蛮な存在へと、地母神メデューサは、見たものを石に変える恐ろしい怪物へと、豊穣の神だったドラゴンは、悪魔的な堕天使へと、薬草の知識で尊敬された女呪医は、火炙りにするべき魔女へと貶められていった。</p>
<p>竜宮伝説も、キリスト教の影響を受けて、変容する。イギリスには、「妖精と踊った若者」と呼ばれる次のような話がある。</p>
<div class="remark">
<p>マギリヴレーの一家が、妖精が住むグレナヴォンの森に引っ越した。ある晩のこと、マギリヴレーの二人の息子、ドナルドとロリーが、迷子の羊を探していた。すると、妖精の塚から明かりが漏れ、美しいダンス音楽が聞こえてきた。弟のロリーは、踊りまわる妖精の渦の中に入り込んでしまい、兄が弟に「帰ろう」と呼びかけても、ロリーは聞く耳を持たず、ドナルドはやむをえず一人で帰った。</p>
<p>それから、ロリーを連れ戻すためにあらゆる手段が試みられたが、全て失敗した。ある物知りが、いなくなってから一年と一日後に、服の中にナナカマドで作った十字架を入れて、妖精の住処に入り、神の名においてロリーに戻るように命じ、もし自発的に戻らないなら、捕まえて引きずり出しなさいと助言した。ドナルドは、言われるとおりにして、ロリーを取り戻した。ロリーは、ほんの三十分踊ったつもりだったが、両親の元に帰ってみると、一年も経っていた。</p>
</div>
<p>この竜宮伝説で失われたのは、1年だけであり、他の竜宮伝説と比べれば、被害の規模が小さい。妖精のダンスは、さながら魔女のサバトのように描かれているが、そこからロリーを救ったのは、十字架と&lt;神の名＝父の名&gt;である。去勢の記号と「父から発せられる否」が、妖精の塚として描かれている地母神の子宮への彼の後退を食い止めたのである。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>イスラム教による去勢</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/islam.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.310</id>

    <published>2006-01-28T08:45:02Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>キリスト教が、母権宗教と大幅に妥協しているのに対して、イスラム教は、厳密な一神教崇拝と偶像崇拝の厳禁を特徴とする純粋な父権宗教である。イスラム教徒が行う断食も去勢宗教という観点から解釈できる。...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>キリスト教が、母権宗教と大幅に妥協しているのに対して、イスラム教は、厳密な一神教崇拝と偶像崇拝の厳禁を特徴とする純粋な父権宗教である。イスラム教徒が行う断食も去勢宗教という観点から解釈できる。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. イスラム教も男尊女卑の宗教である</h2>
<p>イスラム教は、ユダヤ教・キリスト教の流れをくむ父権宗教であり、男尊女卑的である。例えば、『コーラン』には、次のような件がある。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381319/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 上; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1957/11; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［4.34］アッラーはもともと男と女との間には優劣をおつけになったのだし、また（生活に必要な）金は男が出すのだから、この点で男のほうが女の上に立つべきもの。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 上；出版年：1957/11；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381319/n08-22/ref=nosim">コーラン 上</a></cite>, p.115；以下『コーラン』からの引用にあたっては、章番号とカイロ版の節番号を、引用節の冒頭の［］内に記す]&nbsp; </div>
<p>貧乏な孤児だったムハンマドが、裕福になることができたのは、ひとえに雇用主で、かつ後に妻となったハディージャが大金持ちの女社長であったからであるから、ムハンマドのこの発言は皮肉に聞こえる。、だが、『コーラン』は、建前上は、ムハンマドの口を借りて、アッラーが語った言葉ということになっているから、価値観も父権的にならざるをえない。</p>
<p>ムハンマドの時代には、既にアラビアは男尊女卑の社会となっていたが、母権的な宗教はあいかわらず残存し、アッラートとか、マナートとか、ウッザーといったたくさんの女神が拝まれていた。ムハンマドは、その矛盾を次のように指摘する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381327/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 中; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1964/01; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［16.57］彼らは、アッラーに娘があるなどと言っている。なんともったいないことだ。自分では好き勝手なもの［男児］を欲しがったりしているくせに。現に、彼らの誰でも、女のお子さんですと言われるとたちまち、さっと顔色を黒くして、胸は恨みに煮えかえり、あまりのいやな知らせに、仲間から身を隠してしまう。さて、屈辱をしのんでこれをこのまま生かしておこうか、それとも土の中に埋めてしまおうか －まったく、なんといういやな考え方をすることか。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 中；出版年：1964/01；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381327/n08-22/ref=nosim">コーラン 中</a></cite>, p.81] </div>
<p>当時アラビアは、女児の生き埋めが行われるぐらい男尊女卑的だったのである。父権宗教が広まる下地は既にあった。</p>
<h2>2. コーランに描かれている天国と地獄</h2>
<p>イスラム教は、他の父権宗教と同様に、信仰心の厚い善人は天国に赴き、そうでない悪人は地獄に落ちると説く。『コーラン』には、天国と地獄についての詳しい記述がたくさんあるので、そのうちの一つを紹介しよう。</p>
<p>第56章「恐ろしい出来事」によると、最後の審判の時、人間は、先頭、右側、左側の三つの組に分かれる。イスラムの信者の中でもっとも立派な人たちは、先頭組に属する。先頭組は次のような最高の楽園に入る。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 下; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1958/06; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［56.15］金糸まばゆい臥牀の上に、</p>
<p>［56.16］向かい合わせでゆったりと手足伸ばせば、</p>
<p>［56.17］永遠の若さを受けた（お小姓たち）がお酌に廻る、</p>
<p>［56.18］手に手に高杯、水差し、汲みたての杯ささげて。</p>
<p>［56.19］この（酒は）いくら飲んでも頭が痛んだり、よって性根を失くしたりせぬ。</p>
<p>［56.20］そのうえ果物は好みにまかせ。</p>
<p>［56.21］鳥の肉なぞ望み次第。</p>
<p>［56.22］まなこ涼しい処女妻は、</p>
<p>［56.23］そっと隠れた真珠さながら。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 下；出版年：1958/06；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim">コーラン 下</a></cite>, p.168] </div>
<p>アラブでは「右」は縁起が良い側とされており、イスラム教の信者は、右組に属する。右組も天国に行くことができる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 下; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1958/06; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［56.28］刺なしの潅木と</p>
<p>［56.29］下から上までぎっしり実のなったタルフの木の間に（住んで）、</p>
<p>［56.30］長々と伸びた木陰に、</p>
<p>［56.31］流れてやまぬ水の間に、</p>
<p>［56.32］豊富な果物が</p>
<p>［56.33］絶えることなく、取り放題。</p>
<p>［56.34］一段高い臥牀があって</p>
<p>［56.35］われら［アッラー］が特に新しく創っておいたもの、この女たちは</p>
<p>［56.36］特に作った処女ばかり。</p>
<p>［56.37］愛情こまやかに、年齢も頃合い。</p>
<p>［56.38］右組の連中の相手方となる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 下；出版年：1958/06；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim">コーラン 下</a></cite>, p.169] </div>
<p>酒のサービスはないけれども、先頭組と同様に、フールと呼ばれる特製処女によるセックス・サービス付きだから、至れり尽くせりのもてなしである。天国観一つ取ってみても、イスラム教が女性信者のことを考えていないことがよくわかる。</p>
<p>アッラーを信じない者は、左組に属し、地獄に落ちる。そこで、彼らは、</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 下; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1958/06; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［56.42］熱風と熱湯を浴び、</p>
<p>［56.43］黒煙濛々と頭上を覆う、</p>
<p>［56.44］が、（木陰ではないから）涼しくもなく、気持ちよくもない。</p>
<p>［…］</p>
<p>［56.52］ザックームの木の実を喰らい、</p>
<p>［56.53］腹がはちきれそうになったところへ、</p>
<p>［56.54］今度はぐらぐら煮えた熱湯を飲まされる。</p>
<p>［56.55］渇き病にとりつかれた駱駝さながらに飲むであろうよ。</p>
<p>［56.56］これが審きの日の彼ら相応のおもてなし。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 下；出版年：1958/06；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim">コーラン 下</a></cite>, p.169-170] </div>
<p>アラビア語では、天国は「ジャンナ」と呼ばれ、地獄は「ジャハンナム」と呼ばれるが、それぞれどこにあるかは『コーラン』には明記されていない。ただ、「高い高い（天上の）楽園」［69.22］ あるいは「大地の底に落ち込ませる」［28.81］といった表現から、ジャンナは天の上にあり、ジャハンナムは地の底にあると考えてよいだろう。</p>
<p>ジャハンナムが地の底にあるということは、イスラム教は地母神の胎内への回帰を否定的に解釈しているということである。</p>
<p>最後の審判の日に、現世で行ってきた善事の重さが秤にかけられる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 下; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1958/06; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［101.8］秤が軽くはねたものには</p>
<p>［101.9］底なしの穴が母となろう。</p>
<p>［101.10］が、さて、底なしの穴とはそも何ぞやとなんで知る。</p>
<p>［101.11］炎々と燃えさかる火（の穴）の謂い。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 下；出版年：1958/06；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381335/n08-22/ref=nosim">コーラン 下</a></cite>, p.300] </div>
<p>地獄は、ギリシャ語で「ゲヘナ」と言う。「ゲヘナ」は、アラマイ語（イエス・キリストが使っていた言葉）の「ゲヒンノム」、すなわち「ヒノムの谷」に由来する。ヒノムの谷はエルサレムの南方にあって、かつて、ここでは、自分の子供をモレクやタンムズ に捧げるために焼き殺したと伝えられている。ユダヤ人は、ヒノムの谷を「地獄の口」と呼んでいた。女陰には火のイメージがある。だから、地獄とは、地母神の胎内のことである。</p>
<p>同時に、地母神の女陰が「口」と呼ばれていることに注意しよう。英語の“mouth”(口）は、“mother”(母）と同様に、アングロ・サクソン語の“muth”に由来し、エジプトの女神“Mut”とも関係がある。また、英語の“yawn”(あくびをする）は、中世英語の“yonen”に由来し、その起源は、サンスクリット語の“yoni”(女陰）に遡る。中世の聖職者たちは、女陰を、まるであくびをした時のように大きく開けられた地獄の口に喩えたが、この喩えには、語源的な根拠があったわけだ。&lt;女陰＝口＝地獄への入り口&gt;という等式を理解していれば、イスラム教徒がなぜラマダーンの月に断食や性的禁欲をするかという謎を解くことができる。</p>
<h2>3. イスラム教徒はなぜ断食をするのか</h2>
<p>断食（サウム）がイスラーム教徒の義務の一つで あることはよく知られている。但し、断食が義務なのは、ラマダーンの月だけである。ムハンマドは、メッカからメディナに移住した当初、ユダヤ教徒が贖罪の日に行う断食をまねて、アーシューラーの日に断食をしていたが、ユダヤ教徒との関係が悪化すると、アーシューラーの断食は義務ではなくなり、代わりに、ラマダーンの月が義務となった。</p>
<p>なぜラマダーンの月かと言えば、それは、ラマダーンの下弦の月にムハンマドへの神の最初の啓示が始まったからである。したがって、期間はその下弦の月から一月である。ムハンマドは、</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim" title="Source: ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉; Author: 牧野 信也; Publication Date: 1993/10; Publisher: 中央公論社" class="blockquote">
<p>汝らラマダーン月の三日月を見たならば断食を行い、次の三日月を見たとき断食を解け</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：牧野 信也；書名：ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉；出版年：1993/10；出版社：中央公論社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim">ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉</a></cite>, p.501] </div>
<p>と言っている。</p>
<p>この月には、飲食や性行為が禁止される。断食と言っても、食べたり飲んだ入りしてはいけないのは日中だけであり、日没後は、飲食が許される。許されるのは、それだけではない。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381319/n08-22/ref=nosim" title="Source: コーラン 上; Author: 井筒俊彦（訳）; Publication Date: 1957/11; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>［2.187］断食の夜、汝らが妻と交わることは許してやろうぞ。彼女らは汝らの着物、汝らはまた彼女らの着物。アッラーは汝らが無理しているのを御承知になって、思い返して、許したもうたのじゃ。だから、さあ今度は。（遠慮なく）彼女らと交わるがよい、そしてアッラーがお定め下さったままに、欲情を充たすがよい。食うもよし、飲むもよし、やがて黎明の光りさしそめて、白糸と黒糸の区別がはっきりつくようになる時まで。しかしその時が来たら、また（次の）夜になるまでしっかりと断食を守るのだぞ。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[井筒俊彦（訳）：<cite title="著者：井筒俊彦（訳）；書名：コーラン 上；出版年：1957/11；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003381319/n08-22/ref=nosim">コーラン 上</a></cite>, p.45-46] </div>
<p>食べ放題、飲み放題、セックスやり放題ということであれば、これはまるで、『コーラン』が描く天国での生活のようではないか。してみると、断食とその解禁は、信仰を守ったがゆえに、その御褒美として天国に行けるという一生単位の出来事を、一日単位で繰り返すフラクタルなシミュレーションということになる。</p>
<p>それにしても、なぜ断食することが信仰を守ることになるのか。近代人たちは、欲望をコントロールするためだとか、貧者の気持ちを理解するためだとか、はたまた健康のためだとか、合理主義的な理由を挙げて断食を説明しようとするのだが、私は、むしろ当時の宗教の象徴的意味に準拠して説明を試みたい。</p>
<p>父権宗教が登場する以前から、食べるという行為には、神話的な意味があった。アニメ映画『<cite title="Source: 千と千尋の神隠し (通常版); Author: ; Publication Date: 2002/07/19; Publisher: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005S8LI/n08-22/ref=nosim">千と千尋の神隠し</a></cite>』に、千尋の両親が、異界の食べ物を口にしたために、この世に戻れなくなってしまうという場面があるが、黄泉国の竃で煮炊きしたものを日本神話では黄泉戸喫（よもつへぐい）と言い、イザナミがそうであったように、これを食べると黄泉の国から戻れなくなってしまう。</p>
<p>ギリシャ神話では、デメテルとゼウスの娘であるペルセフォネが、黄泉の国でザクロを食べたために、地上の世界に戻れなくなった。この禁忌の起源は、古代メソポタミア神話にまで遡ることができる [小林 登志子：<cite title="著者：岡田 明子，小林 登志子；書名：古代メソポタミアの神々―世界最古の「王と神の饗宴」；出版年：2000/12；出版社：集英社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087811808/n08-22/ref=nosim">古代メソポタミアの神々</a></cite>, p.92]。</p>
<p>では、なぜあの世の食べ物を口にすると、この世に戻ることができなくなるのか。ここで、&lt;女陰＝口＝地獄への入り口&gt;という等式を思い出そう。実際のところ、唇と女陰、食道と膣、胃袋と子宮には、解剖学的な類似性がある。食べ物が、口から胃の中に入ると、もう戻ってくることができないように、地母神の女陰であるゲヘナから子宮である地獄に落ちると、そこから戻ってくることができなくなる。</p>
<p>もちろん、胃の中の物を口から吐き出すことはできなくはない。千尋の両親はこの世に戻ることができたし、イザナミも、イザナギの嘆願を受けて、この世に戻るべく神々と相談しようとした。 しかし、それには大きな困難が伴う。</p>
<h2>4. 断食の例外はどのように解釈されるか</h2>
<p>ラマダーンは祝福された神聖な月である。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim" title="Source: ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉; Author: 牧野 信也; Publication Date: 1993/10; Publisher: 中央公論社" class="blockquote">
<p>ラマダーン月が来ると、天の門は開かれ、地獄の門は鎖され、悪魔は鎖につながれる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：牧野 信也；書名：ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉；出版年：1993/10；出版社：中央公論社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim">ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉</a></cite>, p.501] </div>
<p>地獄の門、すなわち口と女陰が鎖されているのに、わざわざこちらから開けて入って行ってはいけない。これが意図的に飲食をしたり、性行為をしてはいけない理由である。</p>
<p>では、意図的でない場合はどうか。敬虔なイスラム教徒の中には、唾を飲み込むことすらしない人もいるが、意図せずして何かが、胃袋に入っても、断食を破ったとはみなされない。</p>
<p>また、旅行中は、断食をしなくてもよい。ムハンマドは、駱駝に乗って、東に向かっているときに、</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim" title="Source: ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉; Author: 牧野 信也; Publication Date: 1993/10; Publisher: 中央公論社" class="blockquote">
<p>汝ら、夜がこちらから来るのを見たとき、断食中の者は断食を解いてよい</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：牧野 信也；書名：ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉；出版年：1993/10；出版社：中央公論社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim">ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉</a></cite>, p.511] </div>
<p>と言ったと伝えられる。こっちから闇の中に入って行ってはいけないが、闇が向こうから来るのなら、仕方がないということである。</p>
<h2>5. 断食は自発的去勢である</h2>
<p>以上の解釈から、私は、イスラム教の断食を自発的去勢の儀式と位置付けたい。これは、私の恣意的な解釈ではない。ムハンマド自身が、断食が去勢であると言っている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim" title="Source: ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉; Author: 牧野 信也; Publication Date: 1993/10; Publisher: 中央公論社" class="blockquote">
<p>結婚は淫らなまなざしを抑え、性欲を鎮める最もよい手段であるが、それができないものは断食せよ。これは彼のための去勢となる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：牧野 信也；書名：ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉；出版年：1993/10；出版社：中央公論社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4124031351/n08-22/ref=nosim">ハディース―イスラーム伝承集成〈上巻〉</a></cite>, p.502] </div>
<p>口に飲食物を入れないことにより、女陰にペニスを入れないことを表し、我が身を地獄の口に入れないようにすること、これが断食の象徴的意味である。夜の快楽は、去勢に対する代償である。</p>
<p>夜に、飲み放題、食べ放題、セックスやり放題では、母権宗教的なオルギーと変わらないのではないかと読者は思うかもしれない。しかし、断食終了後の饗宴にしても、最後の審判終了後の天国での歓楽生活にしても、官能的で快楽主義的であるとはいえ、それは父権を媒介にしている点で、去勢を経ない、後退的な胎内回帰とは明確に区別される。</p>
<p>家庭での話に対応させるならば、父親は、現在のこの家庭における母子相姦を禁止するが、息子が去勢体験を経て独立し、来るべき次の家庭で妻を娶ることは禁止しないし、否むしろ普通は奨励する。この世での禁欲とあの世での享楽は、こうした家庭的モデルに対応している。</p>
<p>ラマダンという特別な宗教的な期間では、この世とあの世の関係が、この世で擬似的に繰り返される。それは、模擬的で、予行演習という色彩が強い。最後の審判を覆すことはできないないので、地獄に落ちた者は永遠に苦しむしかないが、ラマダンで、断食するべき人が断食しなかったとしても、喜捨をすれば、その罪を贖うことができる。断食は、修正がきく信仰の練習のようなものである。</p>]]>
    </content>
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    <title>仏教による去勢</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/buddhism.html" />
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    <published>2006-01-28T09:03:10Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>仏教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の系譜には属さないし、神の存在を想定していないから、宗教といえるかどうかも怪しい。それにもかかわらず、仏教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と同様に、去勢宗教...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>仏教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の系譜には属さないし、神の存在を想定していないから、宗教といえるかどうかも怪しい。それにもかかわらず、仏教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と同様に、去勢宗教としての性格を持っている。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. なぜ仏教は女性を差別するのか</h2>
<p>仏教は女性蔑視の宗教であると言われている。例えば、『増一阿含経』には、以下のような、女性を蔑視する記述が見られる。</p>
<blockquote class="blockquote">
<p>お釈迦様は、長老に「女には、九つの悪い属性がある」とおっしゃった。その九つの悪い属性とは何か。女は、１、汚らわしくて臭く、２．悪口をたたき、３．浮気で、４．嫉妬深く、５．欲深く、６．遊び好きで、７．怒りっぽく、８．おしゃべりで、９．軽口であるということである。 </p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite>増一阿含経，第41巻，馬王品</cite>] </div>
<p>仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタは、女性（彼の養母であるマハーパジャーパティー）が教団に加わることを歓迎せず、八敬法を遵守するという差別的な条件付きでようやく許可したと『パーリ律』は伝えている。</p>
<p>さらに、仏教には、女性は、どんなに仏道修行に努め励んでも、女身のままでは仏となることは不可能で、成仏するには男の姿に転じなければならないという五障説・変成男子説がある。五障説とは、女性は、梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏陀の五つにはなれないという説である。『法華経』十二「提婆達多品」には、女は成仏することができないというシャーリ・プトラ長老に対して、竜女が、女の身を転じて、男の姿となって成仏するという竜女成仏譚があるが、これは変成男子説に基づく。</p>
<p>仏教が、カースト制度による伝統的な差別を否定し、万人の平等を説く宗教であることを考えるならば、仏教の女性差別を軽視することはできない。もとより、こうした女性差別の言説が見られる経典は、比較的後の時代に成立したものであるが、初期の文献でも、「<quote>女人は《清らかな行い》の汚れであり、人々はこれに耽溺する</quote>」[<cite title="Source: ブッダ神々との対話―サンユッタ・ニカーヤ1; Author: 中村 元; Publication Date: 1986/08; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003332911/n08-22/ref=nosim">ブッダ神々との対話―サンユッタ・ニカーヤ1</a></cite>, p.43］というような、女性蔑視と受け取れる発言がある。</p>
<p>このことは、仏教が、枢軸時代に生まれた宗教の一つとして、母なるものとの決別を促す宗教であったことを物語っている。ガウタマにとってなぜ女性の忌避が必要だったのか、彼の人生と教えの中から、その答えを探っていこう。</p>
<h2>2. 自発的去勢としての自傷行為</h2>
<p>ガウタマの本来の教え（根本仏教）とは、結論を非常に簡単に言ってしまうならば、苦から逃れるためには、苦の原因である執着を捨てろというものである。欲望を満たそうとするから、不満になるのであって、欲望を自ら根源的に捨てれば、つまり、自発的に去勢すれば、不満（苦）から根源的に解放される。ガウタマは、苦行という自傷行為を通して、この自発的去勢の真理に到達した。</p>
<p>苦行といっても、ジャイナ教的な、肉体を極限状態に追い込む、一見ラディカルなようで、実は中途半端な方法によっては、ガウタマは最終解脱の境地に達することはできなかった。涅槃の境地に達するために必要なことは、肉体への自傷行為（例えば、ペニスを切り捨てるなど）ではなくて、欲望への自傷行為（性欲そのものを切り捨てるなど）である。</p>
<p>神聖な修行を自傷行為と形容して病気扱いするのはけしからんと仏教徒から叱られそうだが、出家と自傷行為には、その動機において、共通点がある。例えば、失恋した女性が髪の毛を切るという軽微な自傷行為を例にとって考えてみよう。女性は、元彼という「後ろ髪を引かれる思い」を切り捨てるために、髪の毛を切り捨てる。ふられるということは、プライドが傷つくショッキングな体験である。だから、「私は彼から切り捨てられたのではない。私が彼を切り捨てるのだ」と自分に言い聞かせるように、女性にとってペニスの代用物である髪を切り捨て、自分のプライドを守って、失恋という苦から逃れようとする。</p>
<p>手首や腕や足といった別のペニス代用部位を傷つける場合も同様である。鹿児島大学の心身医療科チームが調査したところ、家族からの放任や罵倒などを経験した人がリストカットなどの自傷行為するリスクは、そうでない人の8.7倍だった [朝日新聞：2006年01月22日] 。自傷患者は、家族から捨てられるのではなくて、自分から家族を捨ててやるというメッセージをこめて、リストカットをするのである。</p>
<p>自傷症は、しばしばそう誤解されているような、自殺願望の病気ではない。自傷症は、通常</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0786885041/n08-22/ref=nosim" title="Source: Bodily Harm: The Breakthrough Healing Program for Self-Injurers; Author: Karen Conterio 他; Publication Date: 1999/09/01; Publisher: Hyperion Books (Adult Trd Pap)" class="blockquote">
<p>自殺するためではなくて、筆舌に尽くしがたいほど苦痛に満ちた感情を処理する一つの方法として、身体もしくは身体の一部を意図的に傷つけること</p>
</blockquote>
<div class="cite">[Karen Conterio, Wendy Lader, Jennifer Kingson Bloom：<cite title="著者：Karen Conterio 他；書名：Bodily Harm: The Breakthrough Healing Program for Self-Injurers；出版年：1999/09/01；出版社：Hyperion Books (Adult Trd Pap)"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0786885041/n08-22/ref=nosim">Bodily Harm: The Breakthrough Healing Program for Self-Injurers</a></cite>, p.16] </div>
<p>と定義されている。</p>
<p>実際、自傷行為が自殺につながることはまれである。それは失われた主体性を取り返し、傷ついたプライドを癒す行為であって、結果として自殺の防止に役立っている。逆説的な表現を用いるならば、自傷症患者は、自らを傷つけないために自らを傷つけるのだ。この逆説は、欲望を満たすために欲望を満たさないという仏教の逆説に対応している。</p>
<p>失恋した女性は、普通、髪の毛をすべて切り落とすことはしない。それは男に対する未練をすべて捨ててはいないことの証拠である。これに対して、すべての執着を捨てて、出家する人は、髪の毛をすべて切る。ガウタマも、出家の後、剃髪した。そして、断食もおこなった。断食を行うことは、拒食症の症状と似ている。そして、拒食症も自傷症の一種である。</p>
<p>『縦横無尽の知的冒険』で、私は次のように書いた。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim" title="Source: 縦横無尽の知的冒険; Author: 永井 俊哉; Publication Date: 2003/07/15; Publisher: プレスプラン" class="blockquote">
<p>自尊心のある女性なら、ふられても、涙を流して卑屈になったりしない。自分を拒否して自分の価値を貶めた相手を拒否し返し、自尊心を保とうとする。「何だ、あんな男、たいしてハンサムでもないし」と相手の欠陥を見つけて、相手の価値を引き下げ、究極的には「私はもともと彼氏なんて欲しくないんだ」と無欲を装って開き直り、傷ついた自己を防衛しようとする。拒食症とは、拒否を拒否し返す象徴的報復であり、ルサンチマンである。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[永井 俊哉：<cite title="著者：永井 俊哉；書名：縦横無尽の知的冒険；出版年：2003/07/15；出版社：プレスプラン"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim">縦横無尽の知的冒険</a></cite>, p.224-225] </div>
<p>拒食症患者は、しばしば誘惑に負けて過食症になるが、ガウタマは、拒食でも過食でもない、禁欲主義でも快楽主義でもない中道を歩んだという点で、迷える並みの拒食症患者とは異なる。</p>
<h2>3. ガウタマの出家動機</h2>
<p>では、ガウタマは、何かプライドを傷つけられる挫折体験があって、出家したのだろうか。ガウタマの出家に関しては、四門出遊という伝説がある。ガウタマが東の門から出ると、老人に出会った。南の門から出ると、病人に出会った。西の門から出ると、死者の葬列に出会った。こうして彼は、老・病・死という苦に満ちた人生の現実を目の当たりにした。ところが、北の門から出ると、輝かしい出家修行者に出会い、自らも出家しようと決意したというのである。ガウタマの出家の真相を知ろうと思うならば、こうした類の、後の時代に作られた仏伝は無視して、最も古い経典、『<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">スッタニパータ</a></cite>』に収められている「出家経」を手掛かりに、当時の時代状況を考慮に入れて推論しなければならない。</p>
<p>「出家経」には、「<quote>出家して身による悪行を離れ、言葉による悪行を捨て、生活をすっかり浄めた</quote>」[<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">ブッダのことば―スッタニパータ</a></cite>, No.407］とあるだけで、出家した経由が詳しく書かれていない。その代わり、出家した後、ガウタマが、故郷から遠く離れたマガダ国の首都、王舎城（ラージャグリハ）まで托鉢のために来たところ、マガダ国王が、彼に注目し、彼が隠遁する山窟にまで赴いて、軍事力の提供を申し出たが、断られたという奇妙な話が長々と書かれている。これは、今で言うと、出家を決意した中国のある田舎者が、日本の永田町まで托鉢のために来たところ、日本の総理大臣が、「立派なお坊さんだ」と感心して、彼に注目し、彼が隠遁する富士山の山窟にまで赴いて、自衛隊の指揮権を委ねようと申し出たが、断られたというのと同様の、荒唐無稽なストーリーである。</p>
<p>しかし、ここに、ガウタマの隠された願望を読み取ることができる。夢とは願望充足の表現であるとするフロイトは、</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102038043/n08-22/ref=nosim" title="Source: 夢判断 下　   新潮文庫 フ 7-2; Author: フロイト 他; Publication Date: 1969/11; Publisher: 新潮社" class="blockquote">
<p>ある夢の意味がどうしてもわからないような場合には、その夢の顕在内容の特定諸部分を試みに逆にしてみるとよい。そうすると一挙に解決のつくことがある。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[Sigmund Freud：Die Traumdeutung，<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3596503000/n08-22">Gesammelte Werke Bd.2/3</a>，S.60；<cite title="著者：フロイト 他；書名：夢判断 下　   新潮文庫 フ 7-2；出版年：1969/11；出版社：新潮社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102038043/n08-22/ref=nosim">夢判断 下</a></cite>, p.29] </div>
<p>と言っている。「反対物への転化」を元に戻すならば、この話の原型は、ガウタマがマガダ国王に軍事力の提供を申し出たところ、断られ、出家したというようのものだったはずだ。そして、このストーリーなら、歴史的なリアリティがある。</p>
<p>磯部隆は、実際の史実を次のように、推測している [磯部 隆：<cite title="Source: 釈尊の歴史的実像; Author: 磯部 隆; Publication Date: 1997/04/20; Publisher: 大学教育出版"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887302053/n08-22/ref=nosim">釈尊の歴史的実像</a></cite>, 第一章第三節]。ガウタマ・シッダールタの父は、釈迦族の政治的指導者であった。釈迦族はコーサラ国王の支配下にあったが、釈迦族は独立心が強く、南のマガダ国と同盟を結び、南と北からコーサラ国を挟撃しようと企んだ。ガウタマは、この外交工作のため、王舎城に赴いた。ところが、当時のマガダ国は、ベンガル湾に進出しようと、ガンジス川下流のアンガ国と戦争している最中で、背後の安全を確保するために、コーサラ国と政略結婚をするなどして、平和な関係を築くことに努めていた。だから、マガダ国王は、ガウタマの軍事援助の要請をにべもなく断った。</p>
<p>後に、コーサラ国は、釈迦族を滅ぼすことになるのだが、先見の明があるガウタマは、この時既に釈迦族の運命を悟り、意のままにならない政治的現実を前に、出家したと考えることができる。ガウタマは、「<quote>クシャトリヤの家に生まれた人が、財力が少ないのに欲望が大きくて、この世で王位を獲ようと欲するならば、これは破滅への門である</quote>」[<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">ブッダのことば―スッタニパータ</a></cite>, No.114］と述べているが、これは彼自身のことを言っているのに違いない。</p>
<p>釈迦族は、カピラヴァストゥ（現在のインドとネパールの国境付近にある城郭都市）に住んでいた部族である。彼らが自分たちの土地を望んだということは、母なる大地を我が物としたいという欲望を持っていたということである。そして、コーサラ国王が、軍事力で脅して、釈迦族の独立を認めなかったことは、権力者（父）が、母子相姦を禁止し、去勢の威嚇をしたということである。ガウタマの出家はこれに対する防御反応であった。ちょうど、失恋した女性が、「自分は捨てられたのではなくて、自分から捨てたのだ」と自分に言い聞かせて髪を切り捨てるように、彼は、「自分は去勢されたのではなくて、自ら去勢したのだ」、「自分は、マガダ国王に軍事援助の要請を申し出て断られたのではなくて、マガダ国王が申し出た軍事援助を断ったのだ」と自分に言い聞かせて出家した。こうした願望を充足するために、史実に二つの逆転を施し、『<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">スッタニパータ</a></cite>』の「出家経」が生まれた。私はそう解釈したい。</p>
<h2>4. 死の欲動と涅槃の境地</h2>
<p>ガウタマが行った自発的去勢は、フロイトの分類を使うならば、死の欲動の産物である。フロイトは、涅槃原則というバーバラ・ロウの仏教的表現を借用し、涅槃原則と快感原則を死の欲動と生（性）の欲動に対応させている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310062/n08-22/ref=nosim" title="Source: フロイト著作集 第6巻 自我論・不安本能論 (6); Author: フロイト 他; Publication Date: 1970/01; Publisher: 人文書院" class="blockquote">
<p>私たちは、刺激に対する緊張状態を減らし、一定に維持し、終結させようとする努力を、心的生、神経的生一般の支配的傾向として認識した。これは快感原則が現れる時と似ているが、こちらは、バーバラ・ロウの表現にしたがって、涅槃原則と名付けよう。この認識こそは、私たちが死の欲動の存在を信じる最も強固な動機の一つである。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[Sigmund Freud, Jenseits des Lustprinzips, <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3596503000/n08-22">Gesammelte Werke Bd.8</a>，S.60；<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第6巻 自我論・不安本能論 (6)；出版年：1970/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310062/n08-22/ref=nosim">フロイト著作集 第6巻</a></cite>, p.187] </div>
<p>しかし、性的快感は死の欲動に属するのではないだろうか。この点をはっきりさせるために、快感と享楽というラカンの区別にしたがって、快感原則を享楽原則と名付け、生の欲動は、現実原則に従う欲動とすることにしよう。</p>
<p>フランス語の享楽“jouissance”には、「性的快楽、オルガスムス」という意味もあって、無制限な快感を表す言葉として使える。それは、バタイユが謂う所のエロティシズムの快楽であり、エロティシズムにおいて、人はエクスタシーという擬似的な死を体験する。これに対して、涅槃原則に基づく自発的去勢は、エロティシズムの快楽を断念することなのだから、両者は全く異なる。エロティシズムが主体性を放棄して母なる大地に戻ろうとする胎内回帰の欲動であるのに対して、自発的去勢は、母子相姦を自主的に断念することで、主体性を回復しようとする欲動なのである。ガウタマは、「<quote>諸々の汚れと執着のよりどころとを断ち、智に達した人は、母胎に赴くことがない</quote>」[<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">ブッダのことば―スッタニパータ</a></cite>, No.535］と言っている。これは輪廻としての胎内回帰から解脱したことを宣言したものと解釈できる。</p>
<p>生物学的には、現実原則と涅槃原則と享楽原則は、次のように区別される。現実原則は、個体保存のための個体保存の行為を、涅槃原則は、個体保存のための個体破壊の行為を、享楽原則は、種保存のための個体破壊の行為をもたらす。現実原則が、純粋な生の欲動で、享楽原則が、純粋な死の欲動であるのに対して、涅槃原則は死の欲動のような外観を持った生の欲動である。すなわち、自傷行為は、自殺行為のように見えて、実は自殺を防止するための行為である。これに対して、享楽では、人は、はめをはずしすぎて死に至ることがしばしばある。</p>
<table>
<caption class="bold">表1 『快感原則の彼岸』でのフロイトの二分法</caption>
<tbody>
<tr>
<th>死の欲動</th>
<td>涅槃原則</td>
</tr>
<tr>
<th>生（性）の欲動</th>
<td>現実原則（快感原則）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table>
<caption class="bold">表2 私が提案する区別</caption>
<tbody>
<tr>
<th width="217">種保存（死の欲動）</th>
<td>快感原則（享楽原則）</td>
</tr>
<tr>
<th rowspan="2">個体保存（生の欲動）</th>
<td>涅槃原則</td>
</tr>
<tr>
<td>現実原則</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>フロイト以来、二つの死の欲動が混同されてきた。仏教の密教的解釈も、二つの死の欲動の混同から起きる。中沢新一によると [中沢 新一：<cite title="Source: ブッダの方舟; Author: 中沢 新一; Publication Date: 1994/05; Publisher: 河出書房新社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309472664/n08-22/ref=nosim">ブッダの方舟</a></cite>, p.39-40]、チベットには、ガウタマが母と近親相姦をしたとか、降魔成道の際、セックスをしまくって悟りを開いたといった、とんでもない仏伝があるそうだが、セックスのエクスタシーで体験される幽体離脱を解脱と曲解し、その絶頂に涅槃の境地があるとする、チベット密教的・タントラ的・ヨーガ的・立川流真言的・中沢新一的な仏教理解では、仏教のどこが歴史的に画期的なのかがわからなくなる。中沢新一が、チベットで修行して見出したものは、原始仏教でもなければ、ましてやポストモダンでもなく、仏教以前の原始的な母権宗教に過ぎない。</p>
<p>タントラやヨーガの起源はインダス文明にまで遡ることができるが、ガウタマの時代に、インドで支配的だった宗教は、バラモン教である。バラモン教もまた、涅槃原則よりも享楽原則に基づく自然宗教としての色彩が強かった。バラモンが司るヴェーダ祭式にその特徴を見ることができる。祭官（バラモン）は、犠牲獣を屠り、ソーマを供物として祭火に注いだ後、残りを飲む。ソーマの原料には、幻覚作用のあるキノコが使われていたと考えられている。一種のドラッグである。それを服用することで、トランス状態となり、そのエクスタシー体験で得られたインスピレーションから、多くのヴェーダの詩句が生み出された。祭火が据えられたアグニ祭壇は、大鷲の形をしていたが、それは、天地の間を自由に飛び、祭主を天界まで送る鷲をイメージしたものだった。</p>
<p>祭祀での神秘的霊感を哲学的に説明した『ウパニシャッド』では、梵我一如、すなわち、大宇宙(自然界、ブラフマン)と小宇宙(個人、アートマン)との合一の真理を悟って輪廻から解脱することが説かれている。ブラフマンは、元来は「神聖な知識」という意味で、女神ヴァーチとして神格化された。ブラフマンは、現在のインドの神話では、ヴィシュヌ、シヴァとともに三大主神を形成するブラフマーに相当するのだが、男性神としてのブラフマーは、非常に抽象的な神で、存在感がない。それもそのはずで、ブラフマンは本来女で、ブラフマーの妻にして娘ということになっているサラスヴァティーが本当のブラフマンだからである。</p>
<p>ブラフマンが女だとするならば、梵我一如という神秘的合一（unio mystica）は母子相姦で、解脱とはエクスタシー（脱我）のことであると解釈できる。こうした、エロティシズムを神秘的な体験とする自然宗教は、去勢コンプレックス以前の時期には、世界のいたるところに存在していた。気候が寒冷化した去勢不安の時代に自発的去勢を行った仏教やジャイナ教は、バラモン教のような自然宗教に対するアンチテーゼとして、歴史を画期する意義を持つ。</p>
<h2>5. 仏教のディレンマ</h2>
<p>ガウタマは、自発的去勢により、涅槃の境地に達した。しかし、ガウタマの悟りには一つ問題があった。煩悩を捨てるといっても、食欲を完全に捨てるわけにはいかない。ガウタマは、</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim" title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>およそ苦しみが起こるのは、すべて食料を縁として起こる。諸々の食料が消滅するならば、もはや苦しみの生ずることもない。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：中村 元；書名：ブッダのことば―スッタニパータ；出版年：1958/01；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">ブッダのことば―スッタニパータ</a></cite>, No.747] </div>
<p>と言っているが、何も食べなければ、餓死してしまう。かといって、食糧を生産するために、土地を耕すと、土地（地母神）に対する執着が生まれる。そこで、当時の慣習に従って、ガウタマは、在家信者から托鉢してもらうことで、生き長らえた。</p>
<p>在家信者に布施や托鉢をしてもらう対価として、ガウタマは何をしたのだろうか。自分が悟った真理を教えたのだろうか。これは原理的にはありえない。もしも在家信者が、ガウタマと同様のブッダ（覚者）になろうとするならば、出家して修行をしなければならず、布施や托鉢をするだけの生産能力を失ってしまう。ガウタマの教えをすべての信者が実践しようとすると、全員が餓死して、仏教もそれとともに消滅してしまう。その意味で、ガウタマが悟った真理には、普遍性がなかったと評さなければならない。</p>
<p>そこで、ガウタマは、功徳を積んだ在家信者に、来世での果報を約束しなければならないはめになった。ガウタマは、在家信者に</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim" title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店" class="blockquote">
<p>彼［聖者］に対して眉をひそめて見下すことをやめ、合掌して彼を礼拝せよ。飲食物をささげて、彼を供養せよ。このような施しは、成就して果報をもたらす。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[<cite title="著者：中村 元；書名：ブッダのことば―スッタニパータ；出版年：1958/01；出版社：岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">ブッダのことば―スッタニパータ</a></cite>, No.80] </div>
<p>と言っている。反対に、聖者をそしったり、悪意を抱くものは、地獄に落ち、気の遠くなるような年月の間、筆舌に尽くしがたい苦しみを味わうことになるとも警告している [<cite title="Source: ブッダのことば―スッタニパータ; Author: 中村 元; Publication Date: 1958/01; Publisher: 岩波書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003330110/n08-22/ref=nosim">ブッダのことば―スッタニパータ</a></cite>, No.657-678］。</p>
<p>ガウタマ自身は、来世や魂の不滅や輪廻を信じていなかったようで、その意味で、新しい宗教の開祖になるつもりはなかったと考えることができる。しかし、世俗の人たちは、仏教の出家僧に、来世での幸福の保証人の役割を期待した。こうして大乗仏教が成立するわけだが、実は、在家信者を救済するという点で、上座部仏教も大乗仏教も違いがない。上座部仏教が信仰されている東南アジアには、福田思想と呼ばれるものがあって、在家信者が自分の子供を出家させたり、托鉢の僧に食事を寄進したりして、功徳を積めば、来世における幸福な再生が保証されると信じられている。タイのように、寺院に金品を寄進する在家信者に、「祝福の証し」という領収書を発行しているところもある。蒔いた種を間違いなく、福田、すなわちプンニャ（功徳）となって実る田にしたいというわけだ。</p>
<p>仏教発祥の地であるインドで、仏教がすたれたのは、ガウタマとその教えに忠実だった後継者たちが、大衆の低レベルな宗教的欲望を満たすことに熱心でなかったからだと考えることができる。インドの仏教僧たちは、王侯・貴族・地主・豪商など社会の特権階級からの布施や土地の寄進に依存しており、一般民衆からは遊離していた。ジャイナ教は、在俗信者にも十二の小誓戒を厳守させ、彼らの宗教的救済をしたために、インドでも今日まで生き残っているが、インド仏教は、在俗信者の救済に熱意がなく、彼らに戒律の遵守を強制することもなかった。イスラム側の史料『チャチュナーマ』によると、8世紀の前半にイスラム帝国がインドに侵入した時、仏教僧たちは進んでイスラム教に改宗し、仏教寺院をモスクにしてイスラム式の祈りを取り入れた [保坂 俊司：<cite title="Source: インド仏教はなぜ亡んだのか―イスラム史料からの考察; Author: 保坂 俊司; Publication Date: 2004/05; Publisher: 北樹出版"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489384962X/n08-22/ref=nosim">インド仏教はなぜ亡んだのか―イスラム史料からの考察</a></cite>, p.142-143]。インドの仏教僧は、崇拝するべき神を持たなかったから、異教の神を容易に受け入れることができたのであろう。インド仏教は、1203年に最終的に消滅した。</p>
<h2>6. 仏教におけるファルス崇拝</h2>
<p>インド以外の地では、ガウタマが、自発的去勢により、父神との同一化を拒否したにもかかわらず、後世、上座部仏教でも大乗仏教でも、大衆によって神の如きファルス的存在へと祭り上げられたのは皮肉なことのように思える。だが、この点で、仏教が、父権宗教の典型であるキリスト教と大きく異なるということはない。</p>
<p>ファルスは、社会システムにおいて、ダブル・コンティンジェントな複雑性を縮減するコミュニケーション・メディアとして機能するのだが、この機能を果たすためには、ファルスは、私的特殊性を捨てて、普遍的存在者とならなければならない。貨幣商品が、使用価値を捨象することで、貨幣という純粋なコミュニケーション・メディアになることができるように、宗教家は、自らの私的所有物を捨象することで、神という宗教的なコミュニケーションのメディアとなることができる。イエス・キリストは、十字架で死に、肉体という私的で特殊な所有物を捨てることで普遍的な神となった。同様に、ガウタマは、命こそ捨てなかったが、私的で特殊な所有物に対する執着を捨てることで、死後、神に等しい普遍的な存在者となった。《預言者→罪人→神》というイエスがたどった三段階と《王族→苦行者→覚者》というガウタマがたどった三段階は、ともに《ケ→ケガレ→ハレ》というスケープゴートの弁証法として理解することができる。</p>
<h2>7. 卍は仏教における去勢の記号である</h2>
<p>イエス・キリストとともに、ガウタマ・シッダールタもまた、人類史の男根期に現れた去勢コンプレックスの宗教の開祖となった。キリスト教の象徴が十字架であるのに対して、仏教の象徴は、卍（まんじ）である。卍は、去勢の（したがって無の）象徴である十字が左に旋回する記号である。仏教以前では、太陽放射を表す記号として使われていたようだが、どちらにしても、それは男性原理を示す記号である。ちなみに、ガウタマ・シッダールタは、自分を太陽の裔と称していた。</p>
<p>卍には、左卍と、逆方向の右卍があり、右卍が力や理性を表すのに対して、左卍は、慈悲や愛を表す。ヒンドゥー教では、左旋回が太陽の動きとは逆なので、左卍は死を表すとされる。仏教を自発的去勢の宗教と特徴付けるならば、仏教には、左卍がふさわしい。右卍は、ナチスの鉤十字としても知られている。母のペニスである想像的ファルスを断念した左の仏教と父のペニスである象徴的ファルスを目指した右のナチスでは、方向が逆であるが、ともに去勢が出発点となっている。</p>
<h2>8. 仏教が女性を嫌う理由</h2>
<p>最後に、「なぜ仏教は女性を差別するのか」という最初の問題提起に答えることにしよう。これには、二つの理由が考えられる。</p>
<p>まず、ガウタマが行った自発的去勢は、母子相姦の自発的断念であるから、性欲は最も忌諱しなければならない煩悩の一つである。『転女身経』には、次のような、極めつけの描写がある。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4487722284/n08-22/ref=nosim" title="Source: 仏教と性差別―インド原典が語る; Author: 田上 太秀; Publication Date: 1992/10; Publisher: 東京書籍" class="blockquote">
<p>女のからだのなかには、百匹の虫がいる。つねに苦しみと悩みとのもとになる。［…］この女の身体は不浄の器である。悪臭が充満している。また女の身体は枯れた井戸、空き城、廃村のようなもので、愛着すべきものではない。だから女の身体は厭い棄て去るべきである。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[田上 太秀：<cite title="著者：田上 太秀；書名：仏教と性差別―インド原典が語る；出版年：1992/10；出版社：東京書籍"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4487722284/n08-22/ref=nosim">仏教と性差別―インド原典が語る</a></cite>] </div>
<p>このように、仏教が女性を不浄視するのは、「もしも女が臭くて汚いなら、性欲が起きなくてよいのに」という願望をみたすためである。仏教の教義には、こうした、願望を現実に摩り替えるトリックがたくさんある。</p>
<p>もう一つの理由は、ガウタマ本人の意思に反して、ガウタマが「仏様」という、来世での幸福を保証するファルス的存在へと祭り上げられ、仏教が父権宗教になってしまったことである。この章で確認したように、世界宗教は、キリスト教もイスラム教も、すべて男尊女卑の父権宗教であり、仏教だけが女性差別をしているわけではない。</p>]]>
    </content>
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    <title>個体発生と系統発生</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/recapitulation.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.312</id>

    <published>2006-01-28T09:15:45Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>本書は、個体発生は系統発生を繰り返すという生物学の仮説を前提に書かれている。この仮説を反復説というのだが、この反復説に基づいて、本書の結論をまとめる前に、この仮説の妥当性について、あらかじめ論じなけれ...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>本書は、個体発生は系統発生を繰り返すという生物学の仮説を前提に書かれている。この仮説を反復説というのだが、この反復説に基づいて、本書の結論をまとめる前に、この仮説の妥当性について、あらかじめ論じなければならない。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 人間は種の進化の過程を繰り返す</h2>
<p>反復説によれば、人間の胎児の発生の諸段階と生物の進化の諸段階を「生きた化石」の解剖学的知見に基づいて対応させることができる [三木 成夫：<cite title="Source: 生命形態学序説―根原形象とメタモルフォーゼ; Author: 三木 成夫; Publication Date: 1992/11; Publisher: うぶすな書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900470074/n08-22/ref=nosim">生命形態学序説―根原形象とメタモルフォーゼ</a></cite>, p.30-33]。</p>
<ol class="upper-roman">
<li>軟骨魚類的段階：受胎32日目の胎児では、心臓が魚類と同様に一心房一心室で、顔の側面には、魚類の鰓裂に相当する数対の裂け目が現れる。古生代の軟骨魚類の特徴を残すラブカとよく似ている。</li>
<li>両生類的/爬虫類的段階：受胎35日目の胎児では、鰓の血管が肺の血管へと変貌を遂げ、胎児の鰭のような突起が五本指の手を備えた腕になる。中生代初期の爬虫類の特徴を残すムカシトカゲとよく似ている。</li>
<li>原始哺乳類的段階：受胎38日目の胎児では、眼が前方に集まるが、尾骨がまだ突き出ていて、体毛が生えている。新生代初期の原始哺乳類の生き残りであるミツユビナマケモノとよく似ている。</li>
</ol>
<p>このように、人間の胎児が、魚類、両生類、爬虫類、原始哺乳類という進化の諸段階を繰り返すような発生プロセスをたどることはたんなる偶然なのだろうか。</p>
<h2>2. 反復説の登場と没落</h2>
<p>反復説の原型となる考えは古くから存在する。例えば、アリストテレスは、実在する動物の成体と人間の個体発生との類比的な関係に既に気付いていた。19世紀になると、当時「並行法則」と呼ばれていたこのアナロジーは、フォン・ベーアによって否定される［Karl Ernst von Baer：&Uuml;ber Entwickelungsgeschichte der Thiere，Beobachtung und Reflexion, Bd.1. K&ouml;nigsberg, 1828］。フォン・ベーアは、高等動物の胚と下等動物の成体が異なることを指摘するのだが、そうした批判は、現代の下等動物の多くが、我々の祖先と分岐して以来、独自の進化を遂げていることを考えると、有効ではない。</p>
<p>1859年に、ダーウィンが『種の起源』を出版すると、進化論と結びついた反復説が流行する。ダーウィン自身は、反復説を明白に打ち出さなかったが、反復説をほのめかすような発言ならしている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00079VGAW/n08-22/ref=nosim" title="Source: The Origin of Species; Publication Date: ; Publisher: EbooksLib；ここに出てくる「アガシ」は、「フォン・ベーア」の間違いである。" class="blockquote">
<p>個体のある器官は、成熟するとてんでんばらばらになり、異なった目的に奉仕するが、胚の段階では非常によく似ているということは、これまで既に、偶然発見されてきた。同じクラスのはっきり違った動物の胚もまた、しばしばはっとするほどよく似ている。ある脊椎動物の胚に札を貼り忘れたために、それが哺乳類のものか、鳥類のものか、爬虫類のものかが区別できなくなったというアガシの逸話以上にこのことをよく示しているものはない。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[Charles Darwin：<cite title="著者：；書名：The Origin of Species；出版年：；出版社：EbooksLib"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00079VGAW/n08-22/ref=nosim">The Origin of Species</a></cite>, Chapter 13 Mutual Affinities of Organic Beings]</div>
<p>反復説で最も有名なのは、ダーウィンから強い影響を受け、ドイツでの進化論の普及に大きな役割を果たした動物学者、エルンスト・ヘッケルである。ヘッケルは、『人類発生史』（1874年）で、次のような命題を主張している。</p>
<blockquote cite="http://caliban.mpiz-koeln.mpg.de/~stueber/haeckel/anthropogenie/kapitel_01.html" title="Source: Ernst Haeckel, Anthropogenie oder Entwicklungsgeschichte des Menschen, 1874, Kapitel 1, p.5; Accessed Date: 5/17/2005" class="blockquote">
<p>胚の歴史は種族の歴史の要約である</p>
<p>個体発生は系統発生の短い反復である</p>
<p>系統発生は個体発生の機械的原因である</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[Ernst Haeckel：<cite><a href="http://caliban.mpiz-koeln.mpg.de/~stueber/haeckel/anthropogenie/kapitel_01.html">Anthropogenie oder Entwicklungsgeschichte des Menschen</a></cite>，Kapitel 1]
</div>
<p>「機械的原因」という言葉に、ダーウィンの影響を観て取ることができる。すなわち、彼は、従来の生気論的目的論的説明を斥け、アナロジーに基づく詩的空想とは一線を画する科学として、反復説を確立しようとしたのだ。</p>
<p>反復説にとって不幸なことに、ヘッケルの進化論は、20世紀になって、ナチスによる人種差別の正当化に利用されることになる。そして、ヘッケルが創設した一元論者協会も、積極的にヒトラーを支持した。比較発生学を、進化論や比較解剖学と重ね合わせると、未熟な胚と成体との発生学的関係を、原始時代の生物あるいは現存の下等動物と人類との進化論的・解剖学的関係に対応させることになる。そしてこうした階層的区分は、ちょうど大人が子供を支配することができるように、あるいは人類が下等動物を支配することができるように、優秀な民族は、他の劣等民族を支配することができるという考えに結びつく。</p>
<p>このようなナチズムとの関係ゆえに、またヘッケルによる証拠偽造スキャンダルのゆえに、反復説は、その後、研究者たちの間でタブーになってしまった。スティーヴン・ジェイ・グールドは、反復説を批判するために1977年に出版した大著『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875021402/n08-22">個体発生と系統発生</a>』の中で、次のように回想している。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875021402/n08-22/ref=nosim" title="Source: 個体発生と系統発生―進化の観念史と発生学の最前線; Author: スティーヴン J.グールド 他; Publication Date: 1987/12; Publisher: 工作舎" class="blockquote">
<p>私は、個体発生と系統発生との間の並行関係について一冊の本を書いているとある研究仲間に話したところ、彼は私を脇に呼んで、誰も見ていないことを確かめ、盗聴器の有無をもチェックしかねないようすで、ことさらに声を低めて、「ここだけの話だが、私は、実際、それには最終的に何かがあると思う」と告白した。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[Stephen Jay Gould：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0674639413/n08-22">Ontogeny and Phylogeny</a>, p.1-2；<cite title="著者：スティーヴン J.グールド 他；書名：個体発生と系統発生―進化の観念史と発生学の最前線；出版年：1987/12；出版社：工作舎"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875021402/n08-22/ref=nosim">個体発生と系統発生―進化の観念史と発生学の最前線</a></cite>, p.25]
</div>
<p>グールドは、こうした奇妙な体験を20回以上もしたと言っている。このエピソードからも伺えるように、1970年代の末まで、生物学者たちは、たとえ反復説が間違っていないのではないかと感じていても、科学者としての名声に傷が付くことを恐れて、反復説支持を公然と表明することを憚っていた。</p>
<h2>3. 反復説は差別を助長するのか</h2>
<p>反復説が科学的に正しいかどうかの議論に移る前に、反復説が、差別や偏見の温床になるイデオロギーなのかどうかを考えてみよう。反復説は、高等動物もかつての下等動物の段階を経ると主張しているわけだから、「高等」と「下等」との固定的な差別を打破する理論だとみなすこともできるが、この議論は、「高等」が「下等」よりも価値的に上であるという価値のヒエラルヒーを前提にしている。はたして、人間のような、より進化した種は、より優れた種なのだろうか。</p>
<p>この問いに対する答えは、「地面に座っている人は静止しているのか」という問いに対する答えと同様に、観測点をどこに置くかによって、イエスともノーともなる。観測点を地球表面から地球外部へと移すならば、地面に静かに座っている人も、太陽の周りを時速10万キロメートル以上の猛スピードで回転しているわけだから、静止しているとは言えない。同様に、人間が最も優れた生物であるのは、そう考えている私たちが人間だからであり、観測点を人間から人間の外部へと移すならば、人間が最も優れた生物だとは言えなくなる。</p>
<p>そもそも価値とは目的に対する適合性であり、人間が生きていくうえで人間の身体が最も適合的であるのだから、人間にとって人間の身体が最も価値のある形態であることは当然である。もしも胎児の四肢の発達が魚類の段階で停止すれば、通常の人間的環境で生きていくのに不便であるが、他方で、魚に人間のような手足が生えることは、魚にとってはよい迷惑である。生物にとって重要なことは、環境に適応して子孫を増やすことであって、どの環境に適応するかに関して優劣があるわけではない。</p>
<p>進化した高等動物は、そうでない下等動物よりも優れているという考えは、転職回数の多い人の方が、そうでない人よりも優れているという考えと同様に、ナンセンスである。もしも仕事が自分に向いていないのなら、職を変える必要があるし、もしも生物が環境に適合的でないなならば、適合的であるように進化する必要がある。しかしそうでないならば、そのままでいるのが一番安全である。職業を転々と変えることや様々な進化の段階を経ることは、価値を実現するための手段であって、それ自体に価値があるわけではない。</p>
<p>高等動物と下等動物の区別を、価値的な優劣としてではなくて、たんなる変遷の回数の多寡ととらえるならば、反復説に基づく進化論が、いかなる差別や偏見をも助長するものではないことは、明らかである。反復説そのものの是非は、提唱者の一人であるヘッケルが、反復説を実証するために解剖学的証拠を偽造したとか、人種差別主義者だったとかいったこととは分けて考えなければならない。</p>
<h2>4. 再評価される反復説</h2>
<p>科学の歴史では、一度葬り去られた学説が、新たな解釈のもとに復活するということがある。例えば、反復説と密接な関係を持っていた前成説がそうである。</p>
<p>前成説とは、生物は、生まれる前から精子あるいは卵子の中にミニチュアとして存在し、発生とはそれが成長して大きくなるだけだと考える説である。17世紀の前成説によれば、人間の中には、子供として生まれてくる小人があらかじめ存在し、その小人の中にも、子供として生まれてくる小人があらかじめ存在するという、ロシア人形のような入れ子式の構造が、世界の終末まで続くように、神によって計算されて存在している。</p>
<p>この古典的な前成説は、その後、フォン・ベーアやシュペーマンなどにより否定されたが、20世紀になって遺伝子が発見されると、DNAが生物の雛形であると解釈され、前成説もその意味では正しいということになった。もちろん、DNAの中に、無限のロシア人形があるわけではない。「再生産の情報」と「情報の再生産」が、オートポイエティックに相互産出されるプログラミングがあるだけである。</p>
<p>一時はタブーにすらなった反復説も、皮肉なことに、グールドが、反復説に最後のとどめを刺すべく『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875021402/n08-22">個体発生と系統発生</a>』を上梓した後の80年代になって、復活する。そのきっかけとなったのが、1983年のホメオボックスの発見である。</p>
<p>発生初期の胚の体制や構造を決定する遺伝子をホメオティック遺伝子というが、線虫から人間にいたるまで、真核生物には、共通したホメオティック遺伝子の配列、ホメオボックスがある。人間には尻尾や鰓はないが、それは尻尾や鰓を作る遺伝子がないのではなくて、その遺伝子がオフになっているだけで、オンにすれば、人間にも尻尾や鰓が発生するという考え方である。何をオンにして何をオフにするかは、進化のプロセスを通じて決定される。比較発生学と遺伝学が統合された結果、反復説は再び脚光を浴びることとなった。</p>
<h2>5. 個体発生と系統発生のフラクタルな関係</h2>
<p>私は、反復説をフラクタルという現代的観点から再評価したいと思っている。フラクタルとは、マンデルブロー（Mandelbrot）が提唱した、部分が全体と何らかの点で似ている図形のことである。</p>
<p>例えば、ある直線を三等分して、二番目の線分の長さを2倍にして正三角形の二辺を作るという作業を反復的に行うと、以下のようなコッホ曲線ができる。コッホ曲線は全体の1/4のミニチュアである自己相似的な部分から構成されている。</p>
<div class="indent"><div class="object_left">
<blockquote cite="http://www.jimloy.com/fractals/koch.htm" title="Source: The Koch Curve; Author: Jim Loy; Accessed Date: 1/22/2005">
<img src="urashima007.gif" />
</blockquote>
</div>
<p><a id="koch_curve">図7 コッホ曲線</a></p>
<p>Helge von Koch によって発見されたコッホ曲線の最初の4次元を描いたもの。</p>
<p>[<cite><a href="http://www.jimloy.com/fractals/koch.htm">Jim Loy: The Koch Curve</a></cite>] </p>
</div>
<p class="clear_both">この自己相似性のレベルを数量化してみよう。2次元平面上の正方形の一辺を2倍にすると、元の大きさの正方形が4（2の2乗）個できる。</p>
<div class="indent"><div class="object_left">
<img src="urashima008.png" /></div>
<p><a id="fractal_dimension">図8 フラクタル次元</a></p>
<p>正方形の一辺を2倍にすると、面積が2の2乗倍となるから、フラクタル次元は2である。</p>
</div>
<p class="clear_both">3次元空間内の直方体の一辺を2倍にすると、元の大きさの立方体が8（2の3乗）個できる。ここから、n倍するとnのd乗個のミニチュアができる図形では、フラクタル次元がdであると定義する。</p>
<p>すると、コッホ曲線では、長さを3倍に拡大すると4個のミニチュアができるから、コッホ曲線の次元は、3<sup>d</sup>=4より、</p>
<div class="indent">
d=log<sub>3</sub>4=1.2619 … 次元</div>
<p>ということになる。フラクタルの語源は、ラテン語のfractus（こなごなに壊れた）である。次元が整数以外の半端な数にまで拡張されていることから、フラクタルと名付けられたわけである。</p>
<p>個体発生が系統発生を自己相似的に繰り返すことは、空間的フラクタルではないが、時間的フラクタルであるとみなすことができる。フラクタルは、例えば、ロジスティック写像がそうであるように、関数の自己言及的な反復適用から生じる。自然界がフラクタルに満ちているのは、自然界に存在するシステムの多くがオートポイエーシスであるからだ。遺伝子の自己増殖も、再生産の関数が再生産の関数自体へと再帰的に適応されるので、オートポイエーシスとなる。</p>
<p>進化の中の生物は、ノイラートの船である。生物は、一度死んでしまうと再生できない。つまり、生物という船は、陸地に引き上げて一から作り直すわけにはいかない。航海を続けながら、部分的な修正を積み重ねていくしかない。その結果、生物の遺伝情報は、経路依存的な設計図となる。系統発生が個体発生においてを繰り返されるということは、遺伝子の再生産の歴史が遺伝子の歴史の再生産をもたらしているということである。</p>
<h2>6. グールドの批判を再検討する</h2>
<p>私は、決して、流行に追随して反復説を評価しようとしているわけではないので、最後に、反復説に対する従来の批判への反批判を試みることにしたい。グールドが、『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875021402/n08-22">個体発生と系統発生</a>』で反復説を否定する主な理由は、</p>
<ol class="upper-roman">
<li>反復は、すべての器官に同等に働くわけではない</li>
<li>個体の新しい形質は、必ずしも反復の終端に現れるわけではない</li>
<li>祖先の胚段階や幼生段階が、子孫の成体段階になることがある</li>
</ol>
<p>というものである。以下、反論しよう。</p>
<ol class="upper-roman">
<li>多細胞生物は、歴史的に見て複数の生物の集合であるから、器官ごとに反復プロセスが斉一的でないことは、フラクタルな進化論を否定せず、逆に肯定する。</li>
<li>個体発生は原則として種が進化した歴史を繰り返すが、その繰り返し方自体が進化の対象となる。より安全で効率的な出産を可能にするために、この原則とは別に、最初に機能する器官は最初に発達するとか、最終的な大きさが大きいものから順に発達するといった別の原則があってもおかしくはない。そしてこの原則のおかげで、反復プロセスは斉一的ではなくなる。終端付加はヘッケルの説なのだが、進化を関数的変換と考えるならば、この考えは間違いであることがわかる。歴史の進展とともに、学校教育で教えられる歴史に新しい歴史が「終端付加」されるわけではなく、それ以前の歴史全体が、皇国史観、唯物史観、社会史史観など、そのつど新しい関数によって変換されていくのである。</li>
<li>ネオテニーやプロジェネシスは、環境適応のための新たな進化の結果であって、系統発生の中断や後退ではない。ヒトは類人猿のネオテニーだと言われるが、アクア説によれば、ヒトは、水中生活に適応するための進化の結果、たまたま類人猿の幼児と似た形態になったのであり、チンパンジーの幼形であることに意味があるわけではない。ヒトは水中生活に適応するために、体が流線型となり、頭は丸くなった。類人猿の胎児の頭が丸いのは、出産の際にスムーズに体外に出るためと考えることができる。妊娠６ヵ月頃から胎児の全身を覆う毳毛が、出産前に抜け落ちるという現象は、ヒトが、チンパンジーのなりそこないではなくて、チンパンジー的段階を経た上でそれを否定した歴史を持つことを物語っている。</li>
</ol>
<p>グールドは、反復説を文化の領域にまで適用したフロイトを批判しているが、たとえ獲得形質が遺伝しないとしても、「個体発生は系統発生を繰り返す」というテーゼを「個人史は人類史を繰り返す」というテーゼへと拡張することは可能だと思う。例えば、数学の知識は遺伝することはないが、個人が習得する数学的知識の順番は、人類の数学の歴史をほぼ反映している。もちろん進化の反復自体が進化するから、全く同じではないが、知のシステムがノイラートの船である以上、歴史の刻印を免れることができない。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>フロイトの反復説</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/freud.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.313</id>

    <published>2006-01-28T09:38:35Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>本書の浦島伝説解釈は、フロイトの象徴解釈に負うところが多い。だから、反復説に基づいて、去勢の歴史を再構築する前に、まずフロイトの反復説の検討から始めなければいけない。...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>本書の浦島伝説解釈は、フロイトの象徴解釈に負うところが多い。だから、反復説に基づいて、去勢の歴史を再構築する前に、まずフロイトの反復説の検討から始めなければいけない。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. フロイトのトーテム論の問題意識</h2>
<p>フロイトは、ヘッケルの進化論的反復説の影響を受け、幼少年期の心理を理解するには、未開社会や原始社会の研究が必要だと考えていた。1913年の論文「精神分析学の関心」の中で、フロイトは、</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>ここ最近の数年の精神分析学的な仕事の結果、「個体発生は系統発生の反復である」という命題は心的生活にも適用可能でなければならないという思いが強くなってきた</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：Das Interesse an der Psychoanalyse, <cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.8, p.413]
</div>
<p>と書いている。フロイトが1912年に出版した『<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>』は、ヘッケル的な反復説を精神分析学に適用しようとした結果である。</p>
<p>『トーテムとタブー』で、フロイトは、原始（未開）人と子供が動物に対してとる共通の態度に注目する。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>子供の動物に対する関係は、原始（未開）人の動物に対する関係ととてもよく似ている。子供は、後に、自分の気質と他の動物的なものすべてとの間に明確に一線を画そうとするようになる、文明国の成人のあの高慢さをまだこれっぽちすら示すことがない。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.9, p.154]
</div>
<p>子供向けの話には、よく動物の主人公が登場する。それは、子供が動物と自己同一できるからである。だから、物語の中で、動物が、人間のように話をしたり、人間のような感情を持つことに全く違和感を持たない。男の子が、人間の主人公をヒーローとする偉人伝を聞いて、偉人崇拝を始めるのは、もっと大きくなってからのことであり、また、女の子が人形を使って「お母さんごっこ」をするようになるのも年長になってからであって、それ以前は、動物のぬいぐるみをかわいがるものである。</p>
<p>同様に、未開社会や原始社会の人々も、動物をトーテムとして自己同一できる存在として認知し、動物の偶像崇拝をする。人格神を崇拝し、動物を人間以下の存在として軽蔑するようになるのは、個人史的にも、人類史的にも、かなり後になってからのことである。</p>
<h2>2. トーテムとは何か</h2>
<p>トーテムというと、アメリカインディアンが建立したトーテムポールを連想する人が多いかもしれない。確かに、トーテムという言葉は、アメリカ北東部に住むオジブエ族が、自分たちの先祖として崇拝していた動物（まれに、植物や自然現象）を“オトテマン Ototeman”と呼んでいたことに由来するのだが、トーテミズム、すなわちトーテム崇拝は、決してアメリカインディアン特有の信仰ではなく、文明以前の自然民族に広く見られる宗教の形態である。</p>
<p>フロイトは、トーテミズムを、タブー（禁忌）という観点から、次のように特徴づけている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>トーテムは、もともとは、動物だけであって、各部族の先祖としてみなされていた。トーテムは母系で継承され、そのトーテムを殺したり（あるいは、未開社会ではよくあることだが、食べたり）、同じトーテムに属する者どうしが性的に交わったりすることが禁止された。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.9, p.130]
</div>
<h2>3. タブーはエディプス・コンプレックスの産物か</h2>
<p>フロイトは、エディプス・コンプレックスが、馬に対する恐怖という形で現れたハンス少年の症例を手掛かりに、原始人/未開人が恐れるトーテムを父の象徴と解釈する。そして、この解釈に基づいて、フロイトは、トーテミズムのタブーを、エディプス・コンプレックスに結びつけようとする。 </p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>トーテム動物が父だとするならば、トーテミズムの二つの主要な戒律、すなわち、トーテムを殺すな、同じトーテムに属する女と性交するなという、トーテミズムの本質を形成する二つのタブーの規定は、自分の父を殺害して、自分の母を妻としたエディプスの二つの犯罪的行為と内容的に一致する。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.9, p.160]
</div>
<p>そして、二つのタブーの成立を説明するためにフロイトが考案した仮説が、有名な原父殺害の物語である。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>ダーウィンは、高等なサルの生活習慣から、次のように推測した。人類も、もともとは、その内部で、最も年上で、最も力の強い一人の雄が性的乱交を阻止している、小さな群れを成して住んでいたと。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.9, p.152]
</div>
<p>ここで言う「高等なサル」とは、ゴリラのことなのだろう。ゴリラの群れでは、シルバーバックと呼ばれる一頭の強い雄が、ライバルとなる雄をすべて追放し、群れのすべての雌を独占している。ゴリラよりも人類に近いチンパンジーでも、少数の雄が雌を性的に独占し、若い雄には、交尾のチャンスがほとんどない。だから、人類にもかつて一夫多妻の時代があったという仮説に、可能性がないとは言えない。</p>
<p>異論の多いフロイトの奇妙な空想は、この後始まる。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>ある日、追放されていた兄弟たちが、力を合わせて父を打ち殺し、食べてしまった。その結果、父による群れの支配が終焉を迎えた。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.9, p.171]
</div>
<p>なぜ、父を殺すだけでなく、食べてしまったかといえば、息子たちは、一方では、父に憎しみを持ちながらも、他方では、父のようになりたいという憧れも持っていたからで、食べるという行為は、父との同一化を意味している。このように、相反するアンビバレントな感情の複合（コンプレックス）が、エディプス・コンプレックスの特徴をなしている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3100227107/n08-22/ref=nosim" title="Source: Totem und Tabu, Gesammelte Werke Bd.9; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 1996/12; Publisher: S. Fischer, Ffm." class="blockquote">
<p>息子たちが父を殺し、彼らの憎しみが和らげられ、彼らの父との同一化願望が満たされた後、そうした沈静化した、思いやりに満ちた情動を持続させなければならなかった。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 (3)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310038/n08-22/ref=nosim">トーテムとタブー</a></cite>；<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/">Gesammelte Werke</a></cite> Bd.9, p.173]
</div>
<p>原父殺害を繰り返さないように、息子たちは、自分たちの群れの女性と性交しないことを決め、父を象徴するトーテム動物を殺さないようにし、祭りの際にのみ、トーテム動物を殺して食べ、原父殺害の記憶が風化しないようにしているというわけである。</p>
<h2>4. フロイトのトーテム論の問題点</h2>
<p>私は、以上のフロイトによるトーテミズムの説明は、反復説という観点からすると、以下の理由で、問題があると思う。</p>
<h3>4.1. 子供は動物を目上として恐れない</h3>
<p>フロイトは、「子供の動物に対する関係は、原始（未開）人の動物に対する関係ととてもよく似ている」と言うが、トーテム動物を父と解釈したために、並行関係が崩れてしまっている。原始時代に存在したとされる追放された息子たちは、原父に恐怖を感じていたはずだが、子供たちは、一般に、動物に恐怖を感じない。子供たちにとって、動物は、自分たちと同類の友達なのであって、目上の存在ではない。ハンス少年が馬を父の象徴として怖がったのは、馬の首が、勃起したペニスと形状が似ているからであって、トーテムとして崇拝されるすべての動物がファルスとして機能するわけではない。フロイトは、ハンス少年の特殊な例を一般化しすぎている。</p>
<h3>4.2. 男根期は最初に現れない</h3>
<p>フロイトは、『<cite title="著者：フロイト 他；書名：フロイト著作集 第5巻 性欲論・症例研究 (5)；出版年：1969/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310054/n08-22/ref=nosim">性欲論三篇</a></cite>』などの著作で、性器の発達段階として、口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期という区分を行っている [<cite title="Source: Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie, Gesammelte Werke Bd.5; Author: Sigmund Freud; Publication Date: 2000/01; Publisher: ">Sigmund Freud：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3596104408/n08-22/ref=nosim">Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie.</a></cite>, p.98-101]。</p>
<p>ところが、フロイトが想定する系統発生では、去勢を特徴とする男根期が、最初に来る。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310011/n08-22/ref=nosim" title="Source: フロイト著作集 (1)，精神分析入門（正・続）; Author: フロイト; Publication Date: 1971/01; Publisher: 人文書院" class="blockquote">
<p>太古の時代、人類の家族においては、嫉妬深く残酷な父親によって、成長した少年に実際に去勢が行われていたと私たちは推測する。未開人たちの間で、成人式の一環としてしばしば成される割礼は、去勢の名残をよくとどめている。</p>
</blockquote>
<div class="cite">
[フロイト：<cite title="著者：フロイト；書名：フロイト著作集 (1), 精神分析入門（正・続）；出版年：1971/01；出版社：人文書院"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409310011/n08-22/ref=nosim">精神分析入門（続）</a></cite>;<cite title="著者：Sigmund Freud；書名：Gesammelte Werke. In 18 Baenden mit einem Nachtragsband. Werke chronologisch geordnet.；出版年：2001/11；出版社："><a href="http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/3596503000/d00-21/"> Gesammelte Werke</a></cite> Bd.15, p.93]
</div>
<p>割礼は、典型的な父権宗教であるユダヤ教の習慣である。フロイトは、ユダヤ人だから、そのことを知らないはずはない。もしかすると、フロイトは無神論者だから、宗教的なものはすべて未開だと思っているのかもしれない。しかし、同じ宗教でも、割礼を行う父権宗教とエロティシィズムを全面的に肯定する母権宗教は区別されるべきである。割礼は、地母神と人の間にあるへその緒を切断するきわめて父権的なイニシエーションである。</p>
<p>フロイトの説明では、原父殺害の後、息子たちが女を大切にすることで、母権制が誕生したということになるのだが、それでは、系統発生的にも逆になるし、個体発生的にも対応する出来事を見出すことができない。</p>
<h3>4.3. トーテムは母系社会の特徴である</h3>
<p>トーテム動物が父の象徴だとするならば、なぜ「トーテムは母系で継承され」るのか。トーテム崇拝を行わない文明社会が父系社会であるのに対して、トーテム崇拝を行っている未開社会が母系社会であるのは、おかしいのではないのか。父系の文明社会では、トーテムとして機能しているのは、姓である。男の家に嫁入りした女は、男の姓（ノン・ドゥ・ペール）を名乗る。しかし母系社会では、男が女のトーテムに加入する。トーテムは母の象徴ではないのか。</p>
<p>例えば、日本の縄文時代では、蛇がトーテムとして崇拝されていた。そして、第一章で説明したように、蛇は地母神の使いである。縄文時代が終わった後も、蛇をトーテムとした過去の習慣の痕跡が残った。天皇の即位に際し、代々伝えられる三種の神器もその一つである。</p>
			<p>
			記紀神話によると、三種の神器のうち、草薙剣（くさなぎのつるぎ）は、スサノヲが出雲の簸川上で倒したヤマタノオロチの尾から出てきたことになっている。クサナギノツルギは、クサを臭（糞）、ナギを、インドのナーガと同根の蛇と解するならば、蛇が糞をひるように、尻尾から出した剣ということになる。この剣は、天羽羽斬剣（あめのはは
			きりのつるぎ）とも呼ばれ、文字通り、ハハ（蛇）を切った剣である。</p>
			<p>
			八咫鏡（やあたのかがみ）は、親指から中指までの距離（アタ）の八倍の長さを持つ鏡という意味である。天照大神が岩戸隠れした際、天照大神（太陽神）を呼び戻すために使われた鏡で、蛇の丸い眼に相当すると考えられる。</p>
<p>
			『日本書紀』によれば、持統天皇が皇位を継承したとき、「神璽（かみのしるし）の剣・鏡を皇后に奉る」とある。もともと三種の神器は二種の神器なのであり、持統天皇から文武天皇への皇位継承において初めて三種の神器となった。</p>
			<p>
			新たに加わった八尺瓊勾玉（やさかにのまがたま）も蛇の体の一部分であるとみなすことができる。タマは玉でだけでなく、魂でもある。「タマシイ」の「シイ」は複数形語尾であり、「タマ」だけで、霊魂という意味がある。魂である玉が曲がっているのは、蛇の身体が曲がっているからであると考えることができる。ニ（瓊）は、赤い玉という意味で、心臓を表している。ヤサカ（八尺）は、一つの玉の長さとしては長すぎるので、緒に繋いだ
			長さと解釈したほうが合理的である。勾玉を紐に通すと、さながら鱗を持った蛇のようになる。</p>
<p>この一例からも窺い知ることができるように、トーテム崇拝は地母神崇拝である。母系社会では具象的な動物が崇拝されていたのに、文明化に伴って、偶像崇拝が捨てられ、姓という抽象的な言葉で、人々が自己同一ができるようになったという変化に注目しなければならない。</p>
<h3>4.4. 原父殺害は近親相姦回避の原因ではない</h3>
<p>原父殺害と似た出来事が、サルやライオンのハーレムでも起きる。他所から来た若くて強い雄が、年老いて、力が衰えたボスを追放するというアルファ雄の交代劇である。アルファ雄が殺され、食べられるということはないが、激しい決闘で深手を負い、それが原因で命を落とすアルファ雄もいる。これを括弧つきの「原父殺害」と表現することにしよう。</p>
<p>この「原父殺害」は、フロイトがそう考えたような近親相姦回避の原因ではなくて、結果である。雌たちは、アルファ雄が来て間もない頃は、子殺しを防ぐために、雄と一緒に侵入者を防ごうとするが、雄が自分の娘と子供を作る頃になると、もはや雄に協力せず、「原父殺害」を傍観する。新しいアルファ雄は、子殺しの後、雌たちと交尾するが、一見非情に見える子殺しも近親交配を防ぐためのものなのだ。一般に、有性生殖を行っている生物は、すべて原則として近親相姦を回避しているのだから、人類がいかにして近親相姦を回避するようになったかを説明する仮説など不要である。</p>
<h2>5. トーテム崇拝は地母神崇拝に基づく</h2>
<p>以上の理由から、私は、フロイトのトーテミズムの説明に賛成することができない。フロイト説の最大の間違いは、トーテムを父と解釈した点にある。トーテムを、父ではなくて、母の象徴と解釈すれば、以上の問題点を解決することができる。</p>
<p>人類史におけるエディプス・コンプレックスの時代は、エディプスの悲劇それ自体が成立したころの「枢軸時代」というのが私の解釈である。人類史の男根期に父権宗教が成立したが、それ以前の口唇期と肛門期は、母権宗教の時代であったと考えられる。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>反復説の再構成</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/libido_development.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.314</id>

    <published>2006-01-28T11:24:09Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>本節では、フロイトが、リビドーの発展段階として画期した、口唇期、肛門期、男根期という三つのフェイズが、個人史的・人類史的にどういう時代に相当するのかをフォローしながら、私なりに反復説を再構成し、本書が...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>本節では、フロイトが、リビドーの発展段階として画期した、口唇期、肛門期、男根期という三つのフェイズが、個人史的・人類史的にどういう時代に相当するのかをフォローしながら、私なりに反復説を再構成し、本書が何を目指していたのかを明らかにしたい。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 人は段階的に去勢を経験する</h2>
<p>人は、生まれてから心身ともに自立するまで、段階的に、去勢を経験する。最初の去勢は、産まれてくる時である。へその緒を切ることは、母のペニスを切る行為であり、この去勢により、母子の恒常的な肉体的一体性が終わる。その後も母は、へその緒に代わって、乳房を通して、子に栄養を与え続けるが、やがて子は、離乳という第二の去勢を経験する。次に母は、子が大切に溜め込んでいる糞尿を排出せよと促す。これは第三の去勢である。最後に、父による去勢が行われ、子は母から、精神的に自立する。</p>
<p>精神分析学では、普通四番目の切断だけを去勢と呼ぶのだが、その前の三つの切断も、狭義の去勢と似た構造を持つ。出産時の母の膣とその中の子、授乳時における子の口とそこに挿入される母の乳首あるいは乳、硬くなってペニスのような形をした大便と直腸、これらはすべて本来の性交における膣と男根の関係と等価とみなされる。そして四回の去勢という切断は、口唇期、肛門期、男根期という三つのフェイズを区切る。</p>
<h2>2. 個人史および人類史における口唇期</h2>
<p>個人史的には、口唇期とは、生後1年余りの、母乳で養われる時期で、この時期では、口が支配的な性感帯になっている。性行為の一環としてキスが行われるのは口唇期の名残である。口唇期は、前期と後期に下位区分される。前期では吸うことに、後期では噛むことに快を感じるようになる。これは、生後5ヶ月ぐらいで、乳児の摂食機能が、乳汁を吸うことから、食物をかみつぶして飲み込むことへと発達することに対応している。後期の口唇サディズム的段階は、次の肛門サディズム的段階へと引き継がれる。</p>
<p>人類史的には、口唇期は、トーテム崇拝の初期にあたる。トーテムを殺したり食べたりしてはいけないというタブーは、最初からあったわけではない。オーストラリアのアボリジニのような、きわめて原始的な民族には、そうしたタブーがなく、彼らは、トーテム動植物を自由に殺して食べている。多分、口唇期の人類は、乳児が母の乳首を口に含み、栄養を摂取することに、受動的かつ無反省的な快を感じるように、母なる自然から栄養を摂取することに受動的かつ無反省的な快を感じていたことだろう。</p>
<p>口唇期が終わるころ、ラカンが謂う所の鏡像段階（stade du miroir）が始まる。鏡像段階以前では、子供は自分の身体をまとまった全体としてではなく、寸断された身体として体験する。生後6ヶ月ぐらいの子供は、最初のうちは、鏡に映った自己の身体を手でつかもうとするが、やがてそれが現実の他者ではないことに気が付き、自己のイマージュとの原初的同一化により、鏡を前にして大喜びする。この自己を再認する作業は、生後18ヶ月ぐらいになると完了するが、母子の鏡像的な関係は、次の肛門期でも持続する。</p>
<p>人類史において鏡像段階に相当するのは、4万5千年前頃に起きた文化のビッグバンと呼ばれるコミュニケーション革命である。現生人類（クロマニヨン人）は、鏡像的な関係に基づき、言語と交易のコミュニケーション・ネットワークを築くことができた。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim" title="Source: 縦横無尽の知的冒険; Author: 永井 俊哉; Publication Date: 2003/07/15; Publisher: プレスプラン" class="blockquote">
<p>クロマニヨン人の脳に見られる発達した前頭連合野は、新しい神経回路のネットワークを作り出し、交易の新しい社会的なネットワークを作り出し、それによって言語システムを複雑にし、概念の示差的なネットワークに革新をもたらした。この三つのネットワークの創発は、相互に無関係なのではなく、知性の発達という一つの本質の異なった側面にすぎない。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[永井 俊哉：<cite title="著者：永井 俊哉；書名：縦横無尽の知的冒険；出版年：2003/07/15；出版社：プレスプラン"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4921132860/n08-22/ref=nosim">縦横無尽の知的冒険</a></cite>, p.167] </div>
<h2>3. 個人史および人類史における肛門期</h2>
<p>個人史的には、肛門期とは、生後2-3年の、排尿と排便に快を感じる時期である。前期では、口唇期後期を受け継いでサディズム的で破壊的傾向が強く、後期では、対象を確保し、所有しようとする傾向が強い。特に自分の糞尿を、母への贈り物として意識する。尿は金色で、糞は鋳潰した銀のような色をしている。フロイトは、金銀が貨幣として交換に用いられるようになった起源をここに求めている。かくして、母との鏡像関係において、贈り物と取引の経験が始まる。</p>
<p>『<a href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/sociology.html">社会システム論の構図</a>』でも紹介したが、母子の鏡像関係を図式化すると次のようになる。</p>
<img src="urashima009.png" /><div class="caption_bottom"><div class="bold">図9 想像界の三角形</div></div>
<p>“ｍ”は自我（moi）、つまり幼児のことで、“ｉ”はイマーゴ（imago）、つまり母のことで、フロイトの言葉を使うなら、理想的自我にあたる。“φ”は、想像的ファルス（phallus imaginaire）で、母の欠如を埋める媒介的第三者である。肛門期においては、糞尿がこれに相当する。</p>
<p>私は、これまで、蛇や鳥や竜が、想像的ファルスに相当すると書いてきた。垂れた糞便は、その形からして、蛇や竜に似ている。母が糞尿の世話をしてくれるので、糞尿は、母と子をつなぐ媒介者となる。同様に、蛇や竜は、この世とあの世をつなぐ橋なのである。母子をつなぐ橋は、他にもまだある。母子が交わすまなざしや声である。この媒介的第三者は、空中を飛ぶので、鳥として表象される。</p>
<p>肛門期において、母子は、物と情報の交換をする。そして、肛門期は、人類史的には、交易と話し言葉のネットワークが広がった先史時代に相当する。トーテムは、母との鏡像的関係において自己同一可能な想像的ファルスとなり、その殺害がタブーとなる。しかし、現在のトーテムでも観察可能なように、祝祭においてトーテムは殺害され、食される。フロイトが肛門期をサディスティックと形容したゆえんである。</p>
<p>幼児が、糞尿を贈与するから、母は自分に世話をしてくれると想像するように、肛門期の人類は、生贄を捧げるから、地母神は自分たちに自然の恵みを与えてくれると想像する。</p>
<p>ここで、肛門期の子供は、糞尿をすぐに排泄せずに、それを溜め込んだ上で排泄することに快を感じることを思い出さなければならない。トーテムを殺して食べることをタブーによって禁止し、我慢すればするほど、トーテムを殺して食べるエロティシズムの快は大きくなる。</p>
<p>肛門期の子供は、また、離乳により、もはや無媒介に母と合体することは少なくなくなる。しかし、無媒介性が否定されているからこそ、母子の愛の関係は逆に強まる。愛は、「分別」が隔てている自他の差異を消滅させる。それは、未開/原始社会の人々が、祝祭的な供犠において、トーテム動物と一体となる体験と同じである。</p>
<p>タブーは、欲望を否定することで肯定する。エロティシズムは、否定性（他者性）によって媒介された快楽である。弁証法的に表現するならば、肛門期とは、即自的で無媒介な口唇的段階を否定する、他者性の対自化によって媒介された段階であると言うことができる。</p>
<p>幼児は、排泄物を、自分を世話してくれる母に対する対価と考える。人類史の肛門期において、交易（物のコミュニケーション）と表象文化（情報のコミュニケーション）が活発となるが、外婚のネットワークが確立されたのもこの時期であると考えられる。</p>
<p>トーテムが母だとするならば、同じトーテムに属する女とは、母ではなくて、姉妹ということになる。人間は、生物学的に、幼い時から生活を共にする同胞に性的欲望を持たないようにできている。そうした近親相姦は、人間が誕生する以前から回避されているから、フロイトのように、それを説明するのに何か物語を考える必要はない。</p>
<p>エディプス・コンプレックスで「トーテムとタブー」を説明することはできない。エディプス・コンプレックスは、父権宗教が「トーテムとタブー」というエロティシズムを極大化する母権宗教を否定する中で生じた男根期の意識であり、男根期以前の自然民族には無縁である。</p>
<h2>4. 個人史および人類史における男根期</h2>
<p>個人史的には、男根期とは、男の子はペニスに、女の子はクリトリスに関心が向かう、生後3-5年の時期である。子は、母にとって自分がすべてでないこと、母の欲望の対象であるファルスが父親、つまり彼女の夫に向けられることを悟る。ファルスが子から父へと移転するわけだ。</p>
<blockquote class="blockquote">
<p>なぜか。それは、もしそう言ってよければ、ファルスはぶらつくものだからだ。ファルスは他の場所にある。精神分析学がそれをどこに位置付けているのかは周知の通りであって、所持者とされるのは父親である。この所持者を巡ってこそ、子供においてはファルスの喪失、返還要求、剥奪が始まり、母親においてはファルスを持たないことの不安やファルスへのノスタルジーが始まる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">[Lacan: Les psychoses 1955-1956，<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0393034674/n08-22">Le S&eacute;minaire Livre 3</a>, p.359] </div>
<p>子供にとって父親はライバルになるのであって、このエディプス的三角関係を表したものが図10である。Pは父（P&egrave;re）を、Mは母（M&egrave;re）を、Iは自我理想（Ichideal/id&eacute;al du moi）を表す。想像界の三角形は、裏返され、下へと抑圧され、象徴界の三角形がこれに代わる。</p>
<img src="urashima010.png" /><div class="caption_bottom"><div class="bold">図10 裏返された想像界の三角形と<br>
	象徴界の三角形および現実界の帯</div></div>
<p>父親を殺して、母を我が物としたいというエディプス的欲望は、父の去勢の脅しによって、断念せざるをえなくなる。かくして、子は父を自我理想として、それに同一化しようとする。父のPは、象徴的ファルス（phallus symbolique）の頭文字Pでもある。</p>
<p>象徴の三角形の各頂点は大文字で、想像の三角形の各頂点は小文字で書かれているが、これは、前者がシニフィアンで、後者がシニフィエであるからである。象徴界と想像界は、しかしながら、現実界の帯によって分断され、シニフィアンからシニフィエへの移行ができないままになっている。</p>
<p>男根期は、人類史的には、農業に家畜が使われるようになった時代から始まる。狩猟採取時代、男と女の生産力は大差がなかった。むしろ、女性の採取のほうが男性の狩猟よりも安定的に多くの食料をもたらしたかもしれない。採取が農業に、狩猟が牧畜になっても、男女は平等だった。しかし、農業に家畜が使われるようになると、農業までが男の仕事となり、女の仕事は、育児、家事、機織といったマイナーな分野に限られるようになった。男の生産力が増えるにつれ、社会は次第に男尊女卑になっていった。</p>
<p>これは、男の子が女の子にペニスがないことを見て、女の子を軽蔑するようになるという出来事に対応している。そして、やがて、子供は、同じくペニスのない母を軽蔑し、ペニスを持ち、かつ去勢する権力を持っていると子供が想像する父が尊敬されるようになる。これに対応して、人類は、地母神崇拝をやめ、天父神崇拝を始める。自然の豊穣さに代わって、理性の光が尊重されるようになる。</p>
<h2>5. 太古の記憶を甦らせる</h2>
<p>人類史の男根期は、文字が発明された文明時代である。これに対して、それ以前の地母神崇拝の時代は、文字によって記録されていないために、忘れ去られた暗黒時代になっている。これは、個人レベルでの幼児期健忘に対応している。</p>
<p>私たちは、三歳以前の経験を思い出すことはできない。私たちは、三歳以前にも、記憶する能力があったにもかかわらず、男根期以前の記憶は、抑圧され、意識に上ってこない。この理由は、解剖学的には、まだわかっていないのだが、母子の過去の結びつきをばっさりと切り落とすことが去勢の働きであることを考えるならば、男根期の子供が過去の母の思い出を切り捨てることは、十分理解できることである。</p>
<p>意識が、母子相関の享楽を抑圧し、忘れ去ろうとしても、無意識の欲望は、決してそれを忘れない。だから、私と母がかつて交わった通路は、対象ａとして、その後も欲動の原因となり続ける。地母神と人類とをつなぐ橋が、蛇や鳥や竜として現れる神話や民話が今も語り継がれるのはそのためである。</p>
<p>心の病は、満たされなかった欲望を象徴的に満たそうとすることでおきる。だから、私たちは、原点に立ち返って、自分が本当は何を欲望しているのかを見つめ直さなければならない。そのためには、シニフィアンからシニフィエへの、象徴的三角形から想像的三角形へと立ち返る道を見出さなければならない。それにはどうしたらよいだろうか。</p>
<p>ここで、Iとi、Mとmを結びつけ、現実界の帯をメビウスの輪にしてみよう。自我理想をその原点である理想自我と結びつけ、もう一度母子一体であった時を思い出すのである。</p>
<img src="urashima011.png" /><div class="caption_bottom"><div class="bold">図11 想像界の三角形</div></div>
<p>すると表の象徴的三角形と裏返された想像的三角形は、一つの平面へと連続し、シニフィアンからシニフィエへと、象徴的三角形から想像的三角形へとスムーズに移行することができるようになる。</p>
<p>日本語の「甦（よみがえ）る」は「黄泉（よみ）の国から帰る」という意味である。浦島伝説を読み解きながら、裏返され、闇（やみ）の中にある、母への思いをもう一度思い起こすことで、欲動の基点である想像的ファルスを再発見すること、これが本書の狙いだったのである。</p>]]>
    </content>
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    <title>浦島太郎と桃太郎</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/momotaro.html" />
    <id>tag:www.systemicsarchive.com,2006:/ja/b//3.315</id>

    <published>2006-01-28T12:08:31Z</published>
    <updated>2011-03-11T12:31:31Z</updated>

    <summary>浦島太郎の話は、日本のおとぎ話の分野では、桃太郎の話とともに人気があり、有名である。二人の太郎の話は、しかしながら、対照的である。本書を書き終えるにあたって、桃太郎の物語との違いを通して、浦島太郎の物...</summary>
    <author>
        <name>永井俊哉</name>
        
    </author>
    
        <category term="008_urashima" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.systemicsarchive.com/ja/b/">
        <![CDATA[<p>浦島太郎の話は、日本のおとぎ話の分野では、桃太郎の話とともに人気があり、有名である。二人の太郎の話は、しかしながら、対照的である。本書を書き終えるにあたって、桃太郎の物語との違いを通して、浦島太郎の物語の性格を明らかにしたい。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 浦島太郎と桃太郎の違いは何か</h2>
<p>桃太郎物語のポピュラーなバージョンのあらすじは、次のようなものである。</p>
<div class="remark">
<p>ある村に子供のいない老夫婦が住んでいた。ある日、お婆さんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきたので、持って帰ってお爺さんと食べようと家に帰った。二人で桃を割ると中から男の子が生まれたので、「桃太郎」と名づけて大事に育てた。</p>
<p>成長した桃太郎は、鬼ヶ島の鬼が横暴を働き、人々を苦しめていることを知ると鬼退治を決意し、両親から「日本一の黍団子」を餞別にもらい、途中で犬・猿・雉を黍団子で誘って家来に従え、鬼ヶ島で鬼と戦い、勝利を収め、鬼が搾取した財宝を持ち帰り、両親は一生安楽に暮らすことができた。</p>
</div>
<p>桃は、「桃尻」という言葉からわかるように、女体の象徴である。桃から生まれるということは、母の体から生まれるということである。実際、明治の初期までは、桃太郎は、桃を食べて回春した父母から生まれたということになっている。晩年にできた一人子はとかく過保護にされがちだが、桃太郎は、若くして生家を後にする。</p>
<p>ところで、鬼ヶ島とはどのような島だろうか。鬼は、隠（おん）の字音から出たという説が有力である。だから、隠岐の島とよく似ている。「因幡のしろうさぎ」で説明したように、そこは、雲隠れするべき胎内の象徴である。そして、鬼は、山姥やあるいは西洋の魔女と同様に、父権時代になってネガティブに評価されるようになった、かつての地母神である。</p>
<p>桃太郎の鬼退治は、自発的去勢である。浦島太郎物語のテーマが、胎内回帰願望と死への欲動であるのに対して、桃太郎物語のテーマは、胎内回帰の拒否と生への欲動である。浦島太郎は、最初は竜宮、次に実母と二回母なるものに帰ろうとするが、桃太郎は、最初は生家、次に鬼ヶ島と二回母なるものと決別している。</p>
<p>もちろん、桃太郎は、最後は故郷に戻るわけだが、功成り名を遂げ、故郷に錦を飾るわけだから、彼の帰郷が胎内回帰だとは言えない。桃太郎は、青雲の志を抱いて故郷を出る明治以降の若者や、「鬼畜米英」を懲らしめるべく、太平洋の島々に遠征した日本軍人の自我理想であった。桃太郎物語は、強い父の肯定、生の肯定の物語である。</p>
<h2>2. 桃太郎の変形としての一寸法師</h2>
<p>浦島物語と同様に、桃太郎物語にも、様々なバリエーションがある。一つの例として、一寸法師を取り上げよう。『御伽草子』に載っている一寸法師の話のあらすじは、現代のものとは少し異なるが、次のようなものである。</p>
<div class="remark">
<p>子供のない老夫婦が子供を恵んでくださるよう住吉の神に祈ると、老婆に子供ができた。しかし、産まれた子供は身長が一寸しかなく、何年たっても大きくなることはなかった。そこで、子供は一寸法師と名づけられた。老夫婦は、一寸法師が大きくならないことを気味悪がり、一寸法師を旅に出させる。</p>
<p>一寸法師は宰相殿の家に住み、策略をめぐらして、その家の姫君を妻に取り、宰相殿の家を去る。船に乗って旅に出た一寸法師と姫君は、やがて気味の悪い不思議な島にたどりつく。そこで鬼が一寸法師を呑んでしまうが、一寸法師は呑まれても呑まれても鬼の目から飛び出し、鬼たちを驚かせる。鬼たちは恐れて、打ち出の小槌を捨てて逃げる。一寸法師はこの打ち出の小槌を使って自分の背を大きくし、金銀財宝を打ち出して、姫君と戻り、両親を幸せにし、出世した。</p>
</div>
<p>一寸法師が鬼と戦う場面に注意しよう。口と食道と胃が、女陰と膣と子宮に相当するということは、既に述べた。一寸法師は、鬼に呑まれたにもかかわらず、地獄に落ちることなく、目から飛び出した。蛇女房では、蛇の目、すなわち水面に男が飲み込まれて、戻ってこなくなるが、一寸法師の場合は、方向が逆である。</p>
<h2>3. ペルセウス-アンドロメダ型神話</h2>
<p>桃太郎や一寸法師の日本での起源は、『古事記』に記されている八俣の大蛇退治にまで遡ることができる。高天原で乱暴を働いて、出雲の国に追放されたスサノヲが、八つの頭、八つの尾を持つ八俣の大蛇を退治し、八俣の大蛇の生贄にされる予定だった櫛名田姫を妻として娶るという話である。桃太郎も、伝説によっては、必ずしも優等生ではなく、幼い時は、乱暴者だったというバージョンもある。</p>
<p>八俣の大蛇退治は、世界的には、ペルセウス-アンドロメダ型神話に分類される。この名前は、次のようなギリシャ神話に由来する。</p>
<div class="remark">
<p>ギリシャのセリポス島にペルセウスという、メドゥサ退治をした青年がいた。エチオピアの王妃、カシオペアは、海の神ポセイドンの怒りをかい、それを鎮めるために、王女アンドロメダを生贄として捧げなければならなかった。クジラの怪物が、海岸の大岩に鎖でつながれたアンドロメダに襲い掛かった時、それを見たペルセウスがメドゥサの首を突き出し、怪物を岩にしてしまった。エチオピアは平和になり、ペルセウスはアンドロメダと結婚した。</p>
</div>
<p>ペルセウス-アンドロメダ型神話は、世界中に存在する。中国の『捜神記』にも、東越の国（福建省）の山の洞穴に棲む大蛇が、毎年八月一日に少女の生贄を要求し、すでに差し出された生贄の数は九人に及んだが、末娘の寄が、団子を食べに来た大蛇を剣で討ち取ったという話がある [荒川 紘：<cite title="著者：荒川 紘；書名：龍の起源；出版年：1996/06；出版社：紀伊国屋書店"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314007265/n08-22/ref=nosim">龍の起源</a></cite>, p.153-154] 。その大蛇の目は鏡のようであったという。</p>
<p>生贄を要求する水の怪物ないし山の怪物（龍であることが多い）は、ファリック・マザーの底なしの欲望を意味し、怪物を退治することは、鏡像関係での無限の贈与の反復を打ち切ること、すなわち、去勢を意味する。</p>
<h2>4. 最古の自発的去勢の神話</h2>
<p>自発的去勢の神話を、文字で書かれて残された世界最古の叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』に見出すことができる。</p>
<div class="remark">
<p>ウルクの王ギルガメシュは、エンキドとともに、香柏の森の番人フンババ（フワワ）を退治した。ギルガメシュはフンババの頭を持って華々しくウルクに凱旋した。これを見た女神イシュタルは彼にプロポーズしたが、ギルガメシュは、イシュタルの誘惑を拒否した。すると女神は怒って「天の雄牛」をウルクに送った。この牛は大暴れし、人を殺した。ギルガメシュとエンキドは協力して天の雄牛を倒すが、さらに女神の怒りを買い、女神はエンキドを殺してしまう。ギルガメシュは大いに悲しみ、永遠の命を求めてさまざまな冒険を繰り広げる。</p>
</div>
<p>フンババは森の化け物で、八俣の大蛇と似た性格を持っている。ギルガメシュがイシュタルとの結婚を拒否しているところは、スサノヲやペルセウスとは異なるように見えるかもしれないが、イシュタル（イナンナ）は地母神的な性格を帯びるので、これは、母子相関の拒否と受け取ることができる。ギルガメシュが永遠の生命を求めているところは、この話が生の欲動の肯定の話であることを示している。</p>
<p>シュメール神話には、ギルガメシュの物語とは別に、イシュタル（イナンナ）の冥界下りという、胎内回帰の神話がある。ギリシャのペルセウス-アンドロメダ神話に対しては、ペルセポネの冥界行きと帰還の神話があり、日本の八俣の大蛇退治の神話に対しては、イザナギの黄泉の国訪問神話がある。このように、どこの国の神話にも、死の欲動に基づく胎内回帰の神話と生の欲動に基づく自発的去勢の神話がある。</p>
<h2>5. 人は胎内から生まれ胎内に戻っていく</h2>
<p>読者は、浦島太郎型の物語と桃太郎型の物語のどちらが好きだろうか。桃太郎型は、明快な武勇伝であり、ハッピーエンドで終わるが、浦島太郎型は、最後がわびしい。しかし、明るく生を肯定するだけが人生ではない。死への欲動は、まるで影のように私たちについて回る。</p>
<p>浦島太郎と桃太郎は、二つの人間類型というよりも、一人の人間の二つの側面を表している。浦島的欲望は、抑圧され、忘れられ、桃太郎的な生き方が自我理想として掲げられる。しかし、人は、鮭のように、母胎から生まれ、また母胎へと戻っていく。人は、年をとるにつれて、幼児に近くなるといわれるが、胎内回帰欲望にもまた目覚めるようになる。浦島太郎物語は、たんなる童話ではない。</p>
<p>竜宮から現れる女性は、自分が生まれた時の、まだ若くて美しい、理想化された母の姿である。若かった頃の母の胎内に戻り、あらゆる世俗的な穢れと憂いから免れた子宮の中で、時間が経つのも忘れるような母子一体の至福を楽しむ夢を見ていて、ふと我に返ると、もうこの世には母がおらず、年老いた自分一人が取り残されている寂寞たる現実を思い知らされる。－そうした胎内回帰の幻想と幻滅を体験した人なら、浦島伝説の本質を容易に理解できるだろう。</p>
<p>近年、日本では、海などに散骨する自然葬がブームになっている。これまで自然葬は、墓地埋葬法違反に当たるとして禁止されてきたが、法務省が「節度をもって行われる限り問題はない」という見解を出して容認したため、海への散骨が増えている。古来、日本では、海は母の国と言われてきた。海への散骨で「母なる海に戻りたい」という人が多いということは、海に対して、ノスタルジックな胎内回帰願望を持つ日本人が少なくないということである。私たちが、海への郷愁を持つ限り、これからも、浦島太郎物語は、子孫代々語り継がれていくだろう。</p>]]>
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