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龍の起源

龍(ドラゴン)神話は、洋の東西を問わず、どこにでもある。西洋では、竜は退治される存在でしかないが、なぜ東洋では龍が崇められるのか。竜信仰と蛇信仰は同じなのか。なぜ宇宙の開闢は、暗い水の中にいる龍退治から始まるのかといったことを考えながら荒川紘の『龍の起源』を読もう。

1. 竜と龍はどう違うのか

「龍」という漢字の原型は「竜」である。竜の甲骨文字は、蛇の原字に頭に辛字形の冠飾を付けた形となっており、竜が蛇をモデルに考えられていたことを示唆している [荒川 紘:龍の起源, p.18] 。「龍」は、「竜」に躍動飛行するさまを表す旁を加えた字である [荒川 紘:龍の起源, p.26] 。竜はもともと水の中に住むと想像されていた動物であるが、天に昇るようになってから龍となったと考えることもできる。竜のモデルは川(母なる海のペニス)であり、龍のモデルは雷(天なる父のペニス)であるという区別をすることもできそうだ。

2. 良い蛇と悪い蛇

ファリック・マザーを去勢し、父のファルスを崇拝する文化の人々にとって、母のペニスは悪い蛇、父のペニスは良い蛇ということになる。中国では、後者は龍であり、それは皇帝のようなファルス的存在と同一視された。

龍が特別に聖なる獣と見られるようになるのとは逆に、蛇のほうは、亀と組み合わされた玄武として四神のひとつとみなされ、また十二支の動物となるものの、蛇はその毒性が強調され、疎まれる動物となった。そのために、嫌われ者と蛇蝎(だかつ)と呼んだり、強欲の人間を蛇豕(だし)といったりするのである。

[荒川 紘:龍の起源, p.26]

インドでは、ナーガが守護神として崇められていたが、水神アヒは邪神と見られていた。ともにコブラをモデルとした蛇の神である。仏教では、法行龍王という善龍がいる反面、非法行龍王という禍をもたらす悪龍もいた。但し、ナーガは地底に住んでおり、父権的ではない。

エジプトでナーガに相当するコブラの神は、ウラエウスである。ウラエウスは上エジプトで信仰され、王や神の額にその像が付けられていた。これに対して、深淵ヌンに棲む蛇の神アペプは、太陽の神の敵対者だった。太陽神ラーという父性的なファルスに対して、水に棲む蛇が、その敵対者とされていたことに注意しよう。

ユダヤ・キリスト教で、蛇や龍などの水神がいかに敵対視されていたかについては、[聖書を読みとく]で詳しく論じたので、ここでは取り上げない。西洋では、善い蛇などは存在せず、父性的ファルスは、偶像化が許されない抽象的な唯一神に求められる。

3. ペルセウス-アンドロメダ型神話

ペルセウス-アンドロメダ型神話とは、次のようなギリシャ神話と類似の神話のことで、世界中に分布している。

ギリシャのセリポス島にペルセウスという、メドゥサ退治をした青年がいた。エチオピアの王妃、カシオペアは、海の神ポセイドンの怒りをかい、それを鎮めるために、王女アンドロメダを生贄として捧げなければならなかった。クジラの怪物が、海岸の大岩に鎖でつながれたアンドロメダに襲い掛かった時、それを見たペルセウスがメドゥサの首を突き出し、怪物を岩にしてしまった。エチオピアは平和になり、ペルセウスはアンドロメダと結婚した。

日本のペルセウス-アンドロメダ型神話としては、スサノヲによる八俣の大蛇退治が有名である。中国の『捜神記』にも、東越の国(福建省)の山の洞穴に棲む大蛇が、毎年八月一日に少女の生贄を要求し、すでに差し出された生贄の数は九人に及んだが、末娘の寄が、団子を食べに来た大蛇を剣で討ち取ったという話がある [荒川 紘:龍の起源, p.153-154] 。その大蛇の目は鏡のようであったという。

生贄を要求する水の怪物ないし山の怪物(龍であることが多い)は、ファリック・マザーの底なしの欲望を意味し、怪物を退治することは、鏡像関係での無限の贈与の反復を打ち切ること、すなわち、去勢を意味する。去勢には、出生時のへその緒の切断、口唇期の離乳、そして男根期に行われる狭義の去勢といくつかの段階があるが、ここでは、狭義の去勢による、肛門期以来続いていた母との贈与体験の終焉に相当する。

4. 闇と光のコスモゴニー

ユダヤ教の『旧約聖書』は、原初の世界を暗い水として描き、父なる神のおかげで光がもたらされたとしているが、このコスモゴニー(cosmogony 宇宙起源論)は他の創世神話でも同じである。バビロニア神話では、太陽神マルドウクと闇のティアマトが戦い、エジプト神話では、太陽神ラーと深淵ヌンに棲み、ラーの航行を妨げる悪蛇アペプとが戦い、ヘシオドスの『神統記』に描かれているギリシャ神話では、光のゼウスと闇のティタンとが闘い、いずれも光が闇に勝利することで、宇宙が始まる。

インドの『リグ・ヴェーダ』でも、原初は水であり、闇であったが、インドラが悪蛇アヒを切り殺した時、世界に光をもたらしたということになっている。中国の創造神、磐古は、暗い混沌の卵から生まれ、その眼を開くと光明の昼がもたらされた。日本の神話では、天の岩宿神話が類似のコスモゴニーである。アイヌの『ユーカラ』には、英雄アイヌラックルが、日の神を閉じ込めていた魔神を切り殺し、人の世を再び明るくしたという神話がある。闇から光へのコスモゴニーは世界中に存在する。

旧大陸の古代都市文明だけでなく、新大陸のマヤ文明、ニュージーランド、アフリカ中央部、日本にまで広がりを見せる闇のコスモゴニーを伝播・影響によって説明するのはむずかしい。水のコスモゴニーの全世界的な分布を、農耕文化の拡大に伴い世界各地に広がった祈雨呪術に由来すると考えたのだが、暗黒を水の呪術と結びつける理由は認めがたい。

そうであれば、どこに起源を求めたらよいのか。先に結論を述べれば、闇のコスモゴニーは地域や民族を問わずあらゆる古代人に共通して抱かれていた夜明けの印象に起源する-闇の神話は、人類に普遍的な心性をもとに生まれた、と私は考えるのである。

[荒川 紘:龍の起源, p.247]

これは、説明になっていない。夜明けの前には夕暮れがあるのに、なぜ夕暮れが宇宙の始まりではないのか。太陽暦が採用されている社会では、日の出とともに一日が始まるが、太陰暦が採用されている社会では、日没とともに一日が始まる。多くの社会では、かつて太陰暦を採用していたのだから、日没と月の出現を宇宙の開闢としても良さそうなのに、そうはなっていない。

またこの説明では、水や竜退治というコスモゴニーの他の要素との関係が不明である。私は、創世神話の原光景を人の出産に求めることで、他の要素を含め、もっと包括的にコスモゴニーを説明するべきだと思う。すなわち、始原における暗闇と水は、子宮内の暗さと羊水のことで、水の中の竜は、その形状から分かるように、母胎と胎児をつなぐへその緒で、人は、このへその緒を切ることで、すなわち竜を切り殺すことで、この世に生まれ、この世の光に眼を開く。


中国通が書いた龍のトリビア『龍の百科』を読みながら、龍は男なのか女なのかを考えよう。現在の中国人は、男と考えているようだが、もともとそうだったかどうかが問題である。

2. 母なる龍としての黄河

龍が川と同一視される時、それは女性的な性格を帯びる。

中国人は黄河を、慈愛に満ちた「母なる存在」にたとえる反面、一匹の「暴れ巨龍」にもたとえる。

[池上 正治:龍の百科, p.87]

「母なる存在」と「暴れ巨龍」は両立しないのだろうか。私は、川をファリック・マザーのファルスとみなしている。ファリック・マザーはまさに「暴れ巨龍」にふさわしい。少なくとも、西洋では、常にそう表象されるのである。

3. 龍の眼は何を意味するのか

山東省にはこんな民話がある。崔黒子(ツオエヘイツ)という男が、龍の子を見つけて育てたが、大きくなると世話をすることができなくなって、洞窟に連れて行くことになった。崔が皇帝の命令で龍の眼が必要になると、龍は左の目玉を与えて、恩返しをした。この功績で崔は大臣となり、傲慢となり、今度は龍の許可もなく、龍の右目を取ろうとしたところ、龍に呑み込まれてしまった [池上 正治:龍の百科, p.191-193] 。

日本にも、これに似た「蛇女房」の話がある。

どこからか来た美しい女が嫁になるが、あるとき昼寝の場面を覗いたら女は蛇になっていた。蛇は見られたことを恥じて山の湖に去ってゆくが、去り際に目玉をくりぬいて、これをしゃぶっているようにと子供に残してゆく。「蛇の目玉」である。話はこの後、その目玉を殿様に召し上げられ、さらにもう一つの目玉まで取られるに及んで、蛇が洪水を起こし、領民一同水の底に消えてゆくと語っている。

蛇/龍の目は鏡である。自己を鏡像的他者に置き換える死の抱擁という点で、水面に落ちるナルシスの物語や見る人を石にするメデューサの物語と同じモティーフを有している。龍には鏡像的他者、つまり母の性格が残っている。

 

読書案内
書名 龍の起源
媒体 単行本
著者 荒川 紘
出版社と出版時期 紀伊国屋書店, 1996/06
書名 龍の百科
媒体 単行本(ソフトカバー)
著者 池上 正治
出版社と出版時期 新潮社, 2000/01
[投稿者:永井俊哉
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